七話 変わりゆく戦況

 リーフがグエンと話をしてから一月が経過したが、その間に特にアスガルドに変化は起こらなかった。

 魔法使いの存在そのものを否定したグエンもすぐに行動を起こせる状態ではなかったからだ。なにせ呪いによって長老会に命を握られている現状だと下手に動いて長老会に疑われるわけにはいかない。


 だから呪いについて調べたり、自分と同じ考えの人間がいないか探したりするのは止めておけとリーフはグエンに忠告されていた…………もっとも忠告されるまでもなくそんなことはできない。今まで命令に従うだけで他人に興味も持たなかった彼女は、調べ物をする方法も伝手つても全く持っていなかったのだから。


 ゆえにリーフの生活は変わることなく過ぎていた。相変わらず何もない自室でただぼうっとあの少年のことを考えながら過ごし、ご飯を食べ、寝て…………時折思い出したように下される出撃命令に従う。


「リーフ様!」

「…………なに?」


 自身を呼ぶ声にリーフは意識を現実に戻す。ぼうっとしている間に随分と時間が過ぎていたらしく日が少し傾いていた。見回せば辺りは何もない荒野。そしてこちらをやや怯えたような表情で伺う魔攻士が四人…………名前は、何だったか。任務の前に聞いた気がするがどうにも思い出せない。


 まあ、どうせ今回の任務だけの関係なのだし覚える必要もないだろう。


「巨人機が複数接近中です!」

「そう」


 彼女に報告する中年の魔攻士の声には焦りがあった。感じる魔力の量からすればそれも無理もない話だろう。

 巨人機は一機でも一般的な魔攻士が数人集まってようやく勝てる代物。だがスヴァルトは巨人機を数機で固めて運用するので、戦術級ですらない並の魔攻士が同数で遭遇した場合は逃げるか死ぬかしかない。


 しかし戦略魔攻士であるリーフは違う。そんな彼女がいるのに彼らが焦っているのは戦略魔攻士の実力を間近で見たことが無いからだろう…………なにせ彼らはリーフのお目付け役を押し付けられただけの、長老会からすれば彼女の魔法に巻き込まれたとしても痛くない使い捨ての存在だ。


「どうなさいますか?」

「もう来た」

「は?」


 意味が分からないという表情を浮かべる中年魔攻士を無視してリーフはそちらへと視線を向ける。並の魔攻士が巨人機に勝てない理由の一つはその射程だ。

 並の魔攻士は保有する魔力が少なく、そのせいで扱う魔法自体も射程の短いものが多い。それに対して巨人機は長い射程を持ち、しかもその命中精度は高い。


 故にまず先手を取られて一方的に殲滅せんめつされるケースが多い。せめてその射程を把握できていれば話は別なのだが、いびつな階級主義であるアスガルドでは正確な情報共有が行われてるとは言い難い。


 とはいえ、ここにはリーフ・ラシルがいるのだ。先制して打ち込まれた五本の光の筋は直前で見えざる壁に弾かれて周囲を拡散した光で照らすだけに終わった。

 それはその身に秘められた膨大な魔力を固めて作り出された魔力障壁。目ではなく感覚で把握できる魔攻士たちにはまるで自分達の前に巨大な城壁が生み出されたように感じられたことだろう。


「防いだ」


 呆然とする中年魔攻士にただ事実を告げる。他の三人の魔攻士たちも呆気に取られた表情で先制された事実と、それを過剰とも言える障壁で防いだ戦略魔攻士を見ているしかなかった。


「…………」


 そんな彼らをすぐに戦える精神状態ではないとリーフは判断する…………まあ、最初から彼らを戦力として求めてはいない。考えるべきはこれからの行動だ。

 リーフにとって巨人機は脅威ではない。画一された性能が脅威なのはそれを下回る力しか持たない相手に限ってだ。なぜならそれは性能を上回る相手には絶対に勝てないということでもあるのだから。


 故にリーフがとるべき選択肢は二つ。こちらに迫る巨人機を殲滅するか、見逃すかだ。

 仮に後者を選んだ場合彼女には味方の魔攻士を全て殺す必要がある。敵を見逃す正当な理由などないし、彼らを言いくるめる弁舌べんぜつを彼女は持たないからだ。


 それが嫌なら巨人機を殲滅するしかない…………けれどそれを少しリーフは躊躇う。なぜなら彼女はあの少年の為にスヴァルトを勝たせたいと思っているからだ。


 故に安易に巨人機を倒して戦力を削っていいものかを考える…………しかし長老会に疑われるような行動は止めておくようにともグエンから言われている。


「うん、やめておこう」


 小さく呟く。目撃者を消しても疑われる要素はゼロにはならない。何せこれまでリーフはそんなことを考えたこともなかったのだ、見逃した何かは絶対に残る。そんな危険を冒してまで目の前の彼らを助ける必要はないと彼女は結論を出した。

 国としての勝敗はついているとグエンは言っていたのだ…………五機の巨人機がここで消えたところで影響はないだろう。


「壊して、早く帰る」


 そもそもリーフにとってスヴァルトもそこに住む人々もどうでもいい存在だ。彼女は確かにスヴァルトを勝たせるつもりではあるが、それはあの少年の為であってスヴァルトそれ自体はどうでもいい。


 だから必要だと判断すれば壊すことに躊躇はなかった。

 仮にあの五機の中に少年がいれば話は別だが、リーフの感覚はその中に彼がいないことを感じ取っている。


「育って、伸びて、蹂躙じゅうりんして」


 呟きと共にその体から膨大な魔力が放出される。感覚としてそれを把握できる魔攻士たちがおののく気配が感じられたがそれもどうでもいいことだ。放たれた魔力は迫る巨人機達の方角へと流れてその大地へと浸透しんとうし、リーフのその魔法が発現する。


 樹海創造。それがリーフの使う魔法。彼女は様々な植物を自由に生み出すことができ、それを自在に成長させられる…………ただそれだけ。


 しかしその膨大な保有魔力によって放たれたそれは、全てを蹂躙する破壊力を持つ。


                ◇


 先制攻撃を仕掛けた側である巨人機の小隊は戸惑っていた。高性能のレーダーと高射程のレーザーライフル。それにAIのサポートが加われば先制射撃でこれまでがほとんどの魔攻士を倒すことができていた…………しかしそれは防がれた。命中の直前でレーザーは魔力障壁によって弾かれ周囲に閃光を撒き散らしただけだった。


「隊長、やばくないですか?」


 巨人機の内の一機が隊長機へと通信を入れる。巨人機のレーザーは並の魔攻士の展開する魔力障壁程度なら貫通する。それが防がれたということは相手が並の魔攻士ではなくそれ以上の存在がいるということだ。


「退却するのは早い。戦術魔攻士が一人なら勝ち目はある…………それにこちらの攻撃を予想して障壁を固めていたという可能性もある」


 基本的に巨人機側の方が索敵さくてき性能は高いが、索敵系の魔法が使える魔攻士がいた場合はそれも覆る事がある。そして巨人機のレーザーライフルは並の魔攻士の魔力障壁を貫通するが、それはあくまで相手に時間を与えなかった場合なのだ。


 事前にこちらを察知し時間を掛けて強固な魔力障壁を展開すれば、並の魔攻士でもこちらの攻撃を防げる可能性は高い。


「こちらからもう一度攻撃を仕掛けて様子を見る。相手が並の魔攻士であれば防御に集中して反撃は出来ないはずだ」


 そうなれば攻撃し続けるだけでいずれ魔力切れで殲滅できる。仮に戦術魔攻士がいるとしてもこれだけ距離が離れていれば損傷を抑えてその魔法を見極めることは可能だ…………退却するかの判断はそれからでいいと隊長は考えていた。


 まさか、相手に戦術どころか戦略魔攻士がいるなんて想像できるはずもない。その出撃頻度からすれば遭遇する方が稀であるのはデータに現れているのだから。


「ん、なんだ?」


 しかし彼らが二撃目を加えるより早くそれは起こった。地震が起こったように地面が揺れ始めたのだ。斥力によって僅かに浮いている巨人機にはそれほど影響はないが、揺れる地面に対する斥力の調整をAIが行うまでの間モニターの画面が揺らぐ…………そしてその修正が終わるまでの僅かな時間で彼らの命運は尽きていた。


 何が起こったか理解できたものは五機の中にはいなかっただろう。全機が状況を理解することもなく突如として地面から突き出てきた森へと呑み込まれたからだ。


 普通の木々とはまるで異なる速度で成長する木の枝やその根は瞬く間に五機の巨人機へと絡みつき、突き破り、ぐちゃぐちゃにその機体を破壊し…………ついにはその姿そのものが森に呑み込まれて消えた。


 それは普段彼ら巨人機が並の魔攻士相手にやっている事と同じだ。相手を上回るエネルギーを叩きつける代わりに、膨大な質量を押し付けただけの話でしかない。


「枯れて」


 感じ取っていた命の反応が消えたのを確認してリーフが呟く。それだけで突如として荒野に生まれた森は早回しで時が過ぎ去ったように枯れ果てて塵へと還っていく。

 残されるのは完全に破壊され尽くした巨人機の残骸…………そうならなかったのは過去にたった一人だけ。


「終わった」


 もはや興味もないと言うようにリーフは仲間の魔攻士たちに視線を向ける。初めて見た戦略魔攻士の実力に、巨人機に対して以上に怯えた表情を彼らは隠せていなかった。


 なまじ魔法を理解できる下地があるだけにその異常さをより際立って感じてしまったのだろう。


「帰る」


 しかしそんな彼らにもリーフは何の興味もない。


 彼女が興味を感じているのはただ一人、あの少年だけなのだから。


                ◇


「何か、用?」


 アスガルドの自室に戻るとそこにはグエンが居た。少し驚きはしたものの用が無くては来ないだろうとすぐに思い、それを尋ねる。


「普通それより先に何か言うもんじゃないか?」


 すると当のグエンは呆れたような表情でリーフを見た。


「…………何かって?」


 わからないというようにリーフは首を傾げる。


「なんで人の部屋に勝手には入ってるの、とか普通は怒るもんだろう。共通の目的があっても親しい間柄ではない男が女の部屋に勝手に上がり込んでるんだぞ?」


 親しき中にも礼儀ありという言葉があるが、誰だって自分のプライベートスペースは侵されたくないものだ。単純に貴重品などを守る意味もあるので、自分で招いたならともかく勝手に入られたなら怒らない理由はない。


「別に、入られても困らないし」


 しかしリーフは本当にどうでもよさそうに答える。


「…………いやまあ、俺も入って驚いたが」


 何せリーフの部屋には何もない。簡素な寝具と椅子と机があるだけで、それ以外に個人の嗜好を表すようなものは全くないのだ。無個性で質素すぎるその部屋はまるで囚人室のようにグエンには見える。


「お前普段ここで何して過ごしてるんだよ」

「寝るか、考えてる」


 考えるのは言うまでもなくあの少年のことだ。


「飯とかちゃんと食ってるか?」

「食べてる」


 こくりとリーフは頷く。この塔は魔攻士の集団宿舎なのでちゃんと大きな食堂も備え付けられている。一定以上のランクの魔攻士なら部屋に運ばせることもできるので彼女は毎回部屋まで運ばせていた…………それなら忘れることはないからだ。


「食ってる割には体が細すぎるが…………趣味とかも大事だぞ?」

「…………何しに来たの?」


 目的から逸れているような気がしてリーフはもう一度尋ねた。


「ああ、すまん」


 それでグエンも気づいたのか一旦彼女の生活についての話題は取り下げる。


「それでわざわざ会いに来たのはお前に伝えることがあったからだ」

「…………」


 なら最初からその話をすればいいのにと思いつつリーフは続きを待つ。


「と、その前に説明しておくが話をするためにお前の部屋で待っていたのは俺が表からではなく裏からこっそり侵入したからだ…………で、そんなことをした理由は俺がお前に会っているということを周囲、ひいては長老会の爺どもに知られない為だ」

「うん」


 リーフは頷く。それは疑われる理由を作らない為、そしてそれを説明したのは今後リーフから話がある場合も同様

に隠れて行えということだろう。


「俺の場合は女遊びをしまくっているということになってるから、出歩いて所在不明になっててもそれほど気にはされん…………だがお前の場合は下手に動くだけで目立つ。基本的には俺から会いに行くからそっちが話がある場合の連絡方法は後で考えておこう」


 グエンのような理由を今から作るのではそれ自体が目立ってしまう。


「説明は以上で本題だ」

「うん」


 ようやくかと思いながらリーフは頷く。


「ここ最近アスガルドは負けが続いている」

「?」


 グエンの言葉にリーフは首を傾げた。グエンやリーフのような一部の戦力を除けばこの国はもう負けているのだからそれは不思議ではないのだろうか。


「確かにそれは当然の話だが一部の地域でちょっと被害が大きくなってるらしい。以前なら戦闘頻度 ひんどもそれほどなかった場所で敵との接敵が増えて全滅の割合が増えてる。戦術魔攻士にも被害あるようでな…………スヴァルトの新型巨人機が投入されたって噂だ」

「それが?」


 そのスヴァルトの新型が強いなら二人の目的からすれば良いことのように思える。


「長老会のクソ爺どもがそれにビビり始めてるってことだ」

「…………それは困る」


 怯えが過ぎれば彼らは戦略魔攻士の投入を決めるだろう。


「まずは戦術魔攻士で討伐隊を編成して様子を見るらしいが…………それが敗れれば俺たちの投入を決断する可能性は高い」


 そしてその場合三位であるリーフが選ばれる可能性が高いだろう。


「どうすればいいの?」

「そうなったら遠慮なく倒すしかないな」


 最初から答えは決めていたようにグエンは即座に答えた。


「俺たちが動くにはまだ早い」


 リーフが負けても次は二位のアイズを投入するだけだ。そうしてアイズが相手の実力を計ればリーフがわざと負けたと気付く…………それはつまり彼女の造反に気づくということだ。


「だから躊躇わずに殲滅しろ」

「うん」


 素直にリーフは頷く。その表情には迷いなど何もないように見えるが、グエンには懸念けねんが一つだけあった。


 故に、その対策を彼は忘れずに思案しておくことを決めていた。

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