五話 凡人たちは一歩ずつ進む

 スヴァルトの主力は巨人機である。


 大量のエネルギーを生み出すリアクターに支えられた人型の機動兵器。その性能は非常に高くアスガルドの平均的な魔攻士の戦闘力を大きく上回る。


 高い機動性にAIのサポートによる確かな制御。各所に組み込まれた斥力せきりょく発生装置は地形や重量に囚われず機体を運用できる足であり、同時に魔攻士の攻撃を寄せ付けない盾でもあった。


 そんな巨人機の武装は絞られている。人をしており武装の持ち替えが可能にもかかわらず装備しているのはレーザーライフルのみ。別に近接用の兵装もあるがそれもレーザーを利用した兵器である。

 古代文明が残した技術には他の兵装もあったし巨人機以外の兵器だってもちろん存在する…………しかしスヴァルトは巨人機を使うことを選択し武器をレーザーだけに絞った。


 なぜなら魔攻士は多彩たさい過ぎる。その力は才能が全てで、その強弱も種類も個人によってあまりにも違う。戦うなら相性のいい兵装を選びたいがその為には大量の種類を装備しなければならず、さらにその中から適切な兵装選択をその場で行う必要が出て来る。

 そしてそこまでやっても手持ちの兵装の中に相性のいい物があるとすら限らないのだ。


 故にスヴァルトはこう結論を出した………多彩さを覆すためには結局単純な力しかないのだと。

 それは圧倒的な力を持つ個人によって敗北を決定づけられている状況では実に皮肉な選択だった。

 

                 ◇


 モニターの光景が大きく歪んでいた。カメラが捉える光が分厚い氷によって屈折して映し出されているのだ。

 斥力障壁を展開したことによって機体そのものが凍結することは防げたが、機体の周囲を巨大な氷の塊によって覆われているという事実は変わらない。

 魔法によるものだからか不純物の無い氷は透明度が高いが、それでも分厚い氷は視界を歪めていた。


「ユグド、補正を頼む」

「了解です、哉嗚」


 けれど哉嗚は焦る事無くユグドに指示し、すぐにモニターが正常な光景を映し出す……だがそれは氷を無い物としただけの光景だ。モニター上は何も変わらなくとも氷に閉じ込められている事実は変わらない。


 そう、事実は変わらない…………氷に囲まれていようが関係ないという事実は。


「視線誘導」

「ロック確認」


 氷の中で機体がレーザーライフルを構える。敵魔攻士は補正されたモニターにはっきりと表示されていた。対象をロックすると同時に裏で氷による屈折を計算しユグドが照準へと補正を掛ける。哉嗚がトリガーを引き終えるまでにその計算は終わった。


 爆発的な光が発生してモニターが白に染まる。パイロットの目に負担がないよう補正で光量を抑えられてもなおそれは眩しい。それくらい圧倒的な熱量を持った光が氷を瞬く間に貫通して目標の魔攻士へと到達する。


「命中、対象の消失を確認」


 淡々とユグドが結果を報告する。余計な兵装の必要ない理由がこれだった。氷の壁であろうが魔力障壁であろうが圧倒的なエネルギーをもって貫通してやればいいだけだ。

 おかしな話であるかもしれないが単純で大きな力というものは兵器としては汎用性が高い。相手がどんな力を持っていたも力づくで押し切れるからだ…………とはいえ、それだけで勝てないのが魔攻士という存在の異常さでもある。


「とりあえず出るぞ」


 魔攻士を倒してもそれが生み出した氷が消えるわけでもない。今しがたレーザーでぶち抜いて作った穴も巨人機が通れるようなものではないから、穴を広げるかそれとも他の方法で氷から抜け出す必要があった。


「その前に次が来るようです、哉嗚」


 ユグドの警告と同時に轟音が響く…………次いで周囲の氷が崩れ始める。破壊した氷で生き埋めにしようというつもりなのだろうか。


「手間がはぶけたな」

「そうですね、哉嗚」


 しかし哉嗚は動じず、ユグドもその意図を察してた。


「斥力展開、弾き飛ばせ」

「了解です、哉嗚」


 即座にユグドは実行する。氷が崩壊するということは一塊ではなくバラバラの欠片になったわけだ。

 それはつまり一つ一つの重量は軽くなったということで、ユグドの出力であれば斥力で簡単に弾き飛ばせる…………まるでそれ自体が兵器であるかのように、散弾としては少しばかり大きすぎる氷の塊がユグドを中心として炸裂した。


「周囲を確認してくれ」


 モニターの補正が切れ、周囲には大小さまざまな氷の破片が広い範囲で散らばっていた。元々何もない荒野だったのでそれだけでまるで別の空間に来たような気分だ。

 その中に氷を砕いた相手の死体があればいいが、そうでなければ潜んで好機を狙っていることになる。


「生体反応を確認しました」


 そしてユグドはそれを捉えてその位置をモニターに表示する。


「っ!?」


 機体に衝撃が走ったのはそれとほぼ同時だった。指示しなくとも攻撃を検知した時点でユグドは自動で斥力障壁を展開する…………それを揺らしたということはユグドですら反応しきれない速度だったということ。


「全方位に斥力障壁を常時展開!」

「了解です、哉嗚」


 やむを得ず哉嗚はそう判断しユグドがそれに応える。斥力による疑似的な障壁は便利で強固だが全方位に展開してしまうと自身の行動も大きく阻害する…………けれど相手の位置も攻撃も読めない現状では他に手が無かった。


「追撃してこないな」


 先ほどと違い強固な障壁を展開しているのでよっぽどの威力でもなければ衝撃が貫通してくるようなことはない。もっとも障壁といっても斥力の壁だから目に見えて攻撃されたことが分かるというわけではないが、機体のセンサーはそれを捉えられる…………が、それがない。


「相手は障壁が見えていると推測します、哉嗚」

「だろうな」


 斥力なんぞ普通の人間の目には不可視だが、魔法使いならば感覚が違うのかもしれない。


「それと哉嗚、録画映像の解析が完了できました」


 優秀なユグドは指示するまでもなく必要な処理を終えていた。AIが命令以外のことをするなど晴香辺りが知ればまた騒ぐだろうが、戦場で身を預ける哉嗚からすれば頼もしい以外に思うことはない。


「体当たりか」


 スローで表示されたその映像で魔攻士のやっていることは正にそれだけだった。だが魔力障壁で身を固め映像を解析しなければ見えないような速度で体当たりしたなら、そりゃあ巨大な氷の塊だって砕けるだろうし巨人機だって粉砕できるだろう。


「どうしますか、哉嗚」

「このままだと膠着こうちゃくだな」


 基本的にアスガルドに生まれる魔法使いたちは一能しか持たないらしい。全体で見れば多彩ではあるが個人で見れば一つの種類の魔法しか使えないのだ。

 魔法は彼らが身に宿す魔力と呼ばれるエネルギーを加工して使うものらしいが、その加工の方法が生まれた時に決まっているのだという。唯一その魔力を直接固めて展開する魔力障壁だけが共通して使えるようだ。


 つまりこの敵魔攻士ができるのは体当たりか、それを応用した攻撃のみ。魔力障壁で身を固めていてもぶつかるのが自分自身である以上は相応の反動がある。

 自分以外、例えばそこらの氷を加速してぶつけることもできるかもしれないが、その強度では斥力障壁を抜けないし下手をすればぶつかる前に摩擦で蒸発する…………故にユグドが障壁を維持している限りこの状況は動かない。


「対象が姿を現しました」


 それまでは位置を捉えられないよう高速移動を繰り返していたのだろう。しかし無意味を悟ったのかたたずんで彼はこちらを見ていた。金髪の青年。その戦法ゆえに傷を負うことが多かったのかその顔にはいくつもの傷跡が見えた。


「下がるか」


 即座に哉嗚はそう判断を下した。


「退却ですか、哉嗚」

「いや、追わせる」


 こちらから仕掛けてもあの速さで翻弄ほんろうされて返り討ちに遭うだけだ…………だから仕掛けさせて行動を誘導する。あの速度だと魔法の使用後は本人の感覚も追いついていない可能性もある。それだと判断を下すのは使用前で使用後は対応できないということだ。


「レーザーガンをモーションコントロールで使う。移動は任せた」

「了解です、哉嗚」


 ユグドが応えると同時に操縦桿のロックが外れる。僅かに力を込めて持ち上げると操縦桿がするりと抜けてコードが伸びた。その一方で機体はライフルを肩に戻して腰に収納されていたレーザーガンを両手に握る。銃と呼ぶには銃身が非常に短く、見るからに射程がなさそうだとわかるようだった。


 それもそのはずで正式名称は短距離集束式レーザーガンであり、通称はレーザーナイフやレーザーブレードなどと呼ばれている。敵に近距離まで接近された際に味方を巻き込まずブン回すことを前提として作られた兵装、つまり射程の短いレーザーを撃ち続けた状態で剣やナイフのように使うのものなのだ。


 それをモーションコントロールによってまるで手足のようにパイロットは扱える。


「下がれ」


 哉嗚が命じると同時に正面にレーザーガンを構えた状態で機体が後退する。敵魔攻士はすぐには動かなかった。しかし動き始めれば一瞬…………だが姿を現してくれたおかげで消えた瞬間に魔法が使われたのだと行動の起点だけはわかるようになっている。故に消えた瞬間に行動するべきことは哉嗚の中ではもう決まっていた。


「後は」


 逃げる可能性くらいだが、そうするくらいならとっくに逃げているだろう。それに少なくとも哉嗚であったら仲間を三人殺されて黙って逃げはしない。


「っ!」


 そう考えたところで敵魔攻士の姿がモニターから消える。それを見てユグドが警告を発するよりも早く哉嗚は両手を動かしていた…………衝撃は、来ない。


「…………うまくいったか?」


 機体は右手のレーザーガンを前方に、その反動を利用するように左手のレーザーガンが後方へと関節ギリギリに振るわれた体勢で止まっていた。


「センサーに反応は?」

「ありません…………映像を確認、対象は消失しました」


 いくら捉えられない高速で魔力障壁で身を守りながら突進しようが、ユグドの生み出す莫大なエネルギーによって放たれたレーザーに突っ込めば耐えられはしない。


「哉嗚、質問してもいいですか?」

「ん?」

「どうやってあの速度に当てたのですか?」


 AIが質問とはほとんどの人間が驚くだろうが、すでに哉嗚はユグドをAIとは思っていなかったので疑問にも思わなかった。


「左右正面は固めてるんだからそりゃ後ろから来るだろ」


 全方位に斥力障壁を展開した状態では動けない。だから後退しようと思えば背後の斥力発生は止めるしかない。相手はこちらの発生させていた斥力を把握できていたのだから回り込んで後ろを狙うのは予想してしかるべきだ。


 そしてあの速度で回り込もうとしたら円状ではなく直線を繰り返して鋭角に移動するしかない。そうなれば魔法をあらかじめ連続でセット出来るにせよ出来ないにせよ、方向を変える際には一旦止まる。いくら目に留まらない高速移動であってもレーザーガンを一振りする時間くらいあったわけだ。


「そんなことはわかっています」


 しかしそこまで説明した哉嗚をユグドは一蹴する。


「私が聞きたいのはその軌道を正確に把握できた理由です」


 来る方向が分かっていた。通り道にレーザーを置いておいた。哉嗚が説明したのはそういうことだが現実はそう易しいものではない。何せ相手は文字通りの人間サイズ。

 レーザーガンはユグドの出力での通常使用でちょうど人間一人分くらいの幅のレーザーだ。つまり機体の幅をカバーできるような太さではなく、適当に置いても当たる可能性は低い。


 現に相手も馬鹿ではなく正面を外し、さらに角度をつけて斜めから体当たりを仕掛けていた…………それに正確に合わせられた理由をユグドは知りたかったのだ。


「勘だ」

「は?」

「だから勘だ」

 

 それ以外に哉嗚は答えようがない。


「…………不合理的です」


 呆れるようなユグドの声がコクピットに響いた。


                ◇


 敵魔攻士の反応が無くなったのを確認して哉嗚とユグドは基地へと帰還した。ユグドを正式に受領してからほぼ毎日哨戒任務に就いているが日に日に魔攻士との遭遇確率が減っているように感じられる。これまでは散発的な遭遇戦が起きるだけだったのだが、哉嗚が積極的に狩りに行っているせいでさすがに警戒されたのかもしれない。


 魔攻士と遭遇しなければデータも取れない。上の方に報告した方がいいかと考えながら格納庫に機体を納めようとするとモニターの向こうに言い争う二人の姿が映った。


「あれは晴香と…………誰だ?」


 ユグドの格納場所の真ん前で晴香と見知らぬ女性が言い争っている…………正確には一方的に晴香が怒鳴って女性の方は意に介した様子もなく受け流していた。


 女性の年齢は三十くらいだろうか。美人でスタイルもいいのだが目にはっきりと濃いくまが見える。そしてなぜだか白衣を着ているせいで整備員ばかりのこの場所では違和感があった。


「どうしますか、哉嗚」

「どうするも何も行かないわけにもいかないだろ」


 本音を言えば別の場所に停めてこっそり逃げたくもあったが、そんなことをしたら後で晴香に何を言われるかわからない。仕方なく機体を二人の前へと停めるとさすがに晴香も言い争いを止めてこちらを見た…………余計に困る。

 

 あの目は明らかに哉嗚を援軍として待っていたというような目だ。


「哉嗚、私には水も食料も一週間分は収納されています」


 引き籠るのも可能だとユグドが助け舟を出すがさすがに哉嗚もそれは勘弁願いたい。確かに巨人機には非常時用の水食糧は積んであるし、トイレも可能な設計だ。生活するのに困らないようにできてはいるらしいが、それは非常時の為であって平時にしたいものではない。


「いや、降りるよ」

「そうですか、残念です哉嗚」


 なぜ残念なのか疑問に思ったが、ユグドはちゃんとコクピットのハッチを開いてくれた。


「哉嗚っ!」


 降りるとすぐに晴香が駆け寄って来る。


「聞いてよこの女がね!」

「あー、あなたがY―01のパイロットですね」


 しかしその晴香を押し避けて女性が哉嗚の前にやって来る。


「初めまして、私は暮雪美亜 《くれゆきみあ》と言います」


 うっすらと、感情の籠ってないような笑みを女性が浮かべる。


「君のその機体、ユグドの設計者です」

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