四話 負けるべき国

 グエンが口にした言葉にはリーフもさすがに驚きの表情を浮かべる…………けれどそれほど衝撃を受けなかったことにすぐ気づいた。

 それがなぜかと考えると、アスガルドが負けるべきという言葉に反発する気持ちが一切浮かばなかったからだろうと思う。


 故にその通りだとすんなりと受け入れてしまえた。


「驚いてないみたいだな」


 そんなリーフの反応を予想していたようにグエンが言う。


「うん、驚けなかった」


 素直にリーフは頷く。


「まあ、あんな質問しに来た時点でわかってはいたが」

「もし私が驚いたり、糾弾きゅうだんしてたら?」

「程度にもよるが消し炭にしただろうな」


 さらりとグエンは口にする。


「まだ俺は死ねんからな、クソ爺どもに密告されるわけにはいかん」

「…………」


 見定めるように自分を見るグエンに無意識にリーフは後ずさっていた。その言葉にはそうと決めたなら確実に実行するという強い意志がある。そうなったなら全力で抵抗しても自分は彼の言葉通りに消し炭になるだろう…………そう、確信させられていた。


「仮定の話だ、そもそもそんなことしなきゃいけない相手にこんな話しねえよ」


 そう言ってグエンは肩を竦める。口封じする相手としてはリーフの戦略魔攻士という立場は大きすぎる…………消えれば当然目立つからだ。そんな相手に不用心に危ない話をするわけもない。


 口封じする必要などないと最初からわかっているから話をしたのだ。


「で、だ」

「…………なに?」


 話題を変えようとするグエンに、それでも少し警戒した姿勢のままリーフは彼を見る。


「お前はなんで驚かなかった? そもそもなんでまたこんな話を俺に聞きに来たのか理由を聞かせてもらっていいか?」

「それは……」

「こっちが質問に答えたんだからそっちも答えるのが筋だろ?」


 少し言い淀んだリーフをグエンは促す。


「それは、うん」


 その通りだとリーフは納得する。


「不安になるくらい素直だな、お前は」

「そう?」

「まあ、クソ爺どもに尻尾振って従うわけじゃないなら問題ねえよ」


 首を傾げるリーフにそう答えつつも、今度時間がある時に自分を守るためのセーフラインというものを教えようとグエンは決めていた。

 どうにもこの目の前の少女は信用できると思った相手の要求に自分を削る躊躇ちゅうちょが無いらしい。


「で、お前の理由はなんだ?」

「私の理由は…………彼に会って教えられたから」


 答えるリーフにグエンは首を捻る。


「彼ってのは誰だ」

「スヴァルトの巨人機のパイロットの少年」

「あぁ?」


 予想外の答えにグエンが驚いてリーフを見る。


「どこで会ったんだ?」

「戦場」

「…………まあ、そりゃそうか」


 戦略魔攻士であるリーフが他の場所で巨人機のパイロットに会うはずがない。


「しかしどうやったら戦場でそいつに教えられる状況になる? つーか、教えられたってこの戦争はスヴァルトが正しくてアスガルドは間違ってるんだとか言われたってことか?」

「違う」


 ふるふるとリーフは首を振った。


哨戒しょうかい任務で私は前線に出た。先行していた下位魔攻士たちに合流しようとしたら彼らは巨人機の小隊に全滅させられてた…………だから私はその巨人機の小隊を壊滅させた」


 リーフにしてみればそれは造作もないことだった。自分はグエンほど強いわけではないが巨人機相手には苦戦することもない…………それは紙の玩具を壊すくらいに簡単な作業だ。


「六機いて、全部壊したつもりだった」

「残ったのがその少年って奴か?」

「うん、機体は壊れたけどコクピットだけは無事だった」

「なるほどねえ」


 リーフは壊したつもりだったと言った。つまりは手心を加える気はなかったのだ。それなのに生き残っているというのはその少年とやらの運ではなく実力なのだろう…………運で生き残れるほどリーフの力は容易たやすいものではない。


「その先は?」

「コクピットを壊そうとしたら中から撃たれた」

「中からってことはコクピットの外壁ごと撃ち抜かれたってことか?」

「うん、驚いた」


 そう言うとリーフは不意に肩をはだける。何をしだすんだとグエンは一瞬焦るが、その肩に一筋の傷跡が付いていることに気づいた。深くはないが掠っただけとは言い切れないくらいの大きさの跡だ。


「戦略魔攻士に傷をつけるとは見事な不意打ちだな」


 魔攻士と言えど常に魔力障壁を展開しているわけではない。保有できる魔力量には限界があるし、使えば当然消耗するからだ…………とはいえある程度のレベルの障壁なら意識しただけで展開できる。

 少なくともその少年とやらは固い巨人機の外壁を内側から突き破って、さらにリーフが反射的に展開した障壁を撃ち抜くだけ事をやってのけたわけだ。


「うん、彼はすごい」


 まるで自分が褒められたようにリーフが頷く。


「しかしその傷跡はよっぽど下手な回復術士に当たったのか?」

「違う、残してもらった」

「残すって…………なんでまた」


 熟練の回復術士であれば傷跡を残さず傷を癒すなんて簡単だ。男の魔攻士であれば傷を勲章くんしょうと言って残す趣味の人間もいるらしいが、少なくとも女では聞いたことが無い。


「記念」


 短く、しかし嬉しそうにリーフは答えて傷跡を撫でる。


「あー、そうか…………記念なら仕方ないな」


 その表情にグエンは昔の嫌な記憶を思い出して僅かに顔をしかめた。女関係は力でもどうにもならず、陰鬱いんうつな体験をさせられることが往々にしてある。


「それでその後はどうなったんだ?」


 なのでささっと流してグエンは先を促す。


「飛び出して来たから捕まえた」


 傷を与えたのを唯一の好機と見たのだろうが、その程度で攻略できるほど戦略魔攻士という存在は脆弱ぜいじゃくじゃない。手に持っていた武器を取り上げて動きを封じた。


「殺さなかったんだな」

「驚かされたから」


 だから興味が湧いた。戦略魔攻士である自分に初めて傷をつけた相手はどんな存在なのだろうかと。


「何の力も感じないただの少年だった」

「まあ、そりゃそうだろうな」


 グエンはスヴァルトの強さを評価しているがそれは巨人機などの技術に対してだ。国民単体で見てみれば魔法という力を持つアスガルドが圧倒的優位である…………つまるところ巨人機から出てしまえばそのパイロットに何の力もないのは当たり前だ。


「でも、彼は諦めなかった」


 巨人機という大きな力を失い、唯一残った銃も失い、四肢を拘束されてなおその少年は諦めなかった。


「それでその諦めない少年をお前はどうしたんだ?」

「不思議だったから聞いた、なんで諦めないのかって」

「ふむ」

「だって三位の私に勝てないのなら私より遥かに強い一位には絶対に勝てっこない…………なのになんで諦めないのか本当に不思議だった」

「あー、それをもしかしてその少年とやらに言ったのか?」

「うん」


 頷くリーフにグエンは見たこともないその少年へと同情した。魔法使いの才能は基本的に産まれ持ったものが全てでありそれが覆ることはない。もちろん鍛錬によって強くなりはするがそれはあくまで才能の上限まで力を引き上げげているだけだ…………生まれ持った才能の差は絶対に覆らないのだ。


 ゆえにアスガルドの大半の魔攻士は才能の差を受け入れている。自分より力あるものに勝とうとする努力は無駄であると知っているのだ。


 それは積み重ねた技術ではなく才能で戦うスヴァルトとアスガルドの差なのだろう。だからこそリーフには敵国の兵士が諦めない理由がわからなかったのだ。


「それでその少年は教えてくれたのか?」

「驚いてた」

「なにに?」

「私が敵わないような魔攻士がいるってことに」


 今まで信じていた常識が全て壊れたような、そんな表情を浮かべていたとリーフは思い出す。


「それで?」

「そんな力があるなら、力を持ってるやつがいるならこんな戦争すぐに終わらせられるだろって教えてくれた」

「…………」


 それは教えたんじゃなくて、いきなり突き付けられた理不尽な真実にたまらず叫んだだけだろうとグエンは思った…………が、口にする必要はない。


「それでお前はどうしたんだ?」

「驚いた」


 そんなこと考えたこともなかったから。


「それでそのまま帰ってずっとそのことを考えてた」

「そうか」


 放置されたのであろう少年を気の毒にグエンは思った。


「それで俺に聞きに来た理由は分かった…………だがそれがこの国を見限る理由にはどう繋がる?」

「ずっとあの時のことを考えてた」


 それ以外考えられなかった。


「あの瞳を、そこに込められた意思がとても大切な物ように思えた…………私には、私達にはあれがないと思ったの」


 だから、とリーフは続けた。


「私達ではなく彼が勝つべきだって思ったみたい」

「なるほどな」


 スヴァルトの人間の大半は何かしら諦めている。覆せない才能の差に、長老会への忠誠を強制する呪いに。

 故にスヴァルトの人間は上の命令には疑問があっても逆らうことなく従う。

 その顕著な例がリーフであり、他人事のように口にするのはまだ自分の考えというものに慣れてないからだろう。


 だが、だからこそリーフは惹かれたのだろう…………スヴァルトのその少年の諦めない強い意思に。


「…………しかしまあ」


 リーフは彼らではなく彼が勝つべきだと言った。たった一人の人間の為に自国の敗北を願うとは若いなあとグエンは思う…………女好きと有名ではあるものの彼にとって女遊びは文字通りの遊びでしかない。純愛を体験するにはこの国で彼の立場は高すぎたのだ。


「グエンは」

「ん」

「グエンはなんでアスガルドは負けるべきだと思うの?」


 それが勝とうとしない理由であることは聞いた、しかしその理由は聞いていない。リーフは話したのだから次はグエンの番だ。


「まあ、話さない理由も特にないな」


 ここまで話して隠すようなこともでもない。


「別に俺はお前みたいにスヴァルトに思い入れがあるわけじゃない」

「うん」

「理由の一つは俺があのクソ爺どもを大嫌いだからだ」


 連中の顔を思い出すだけでグエンは不快な気分になる。


「とはいえそんな個人的感情だけで国の連中全員犠牲にするほど俺も薄情じゃない」


 嫌いなのはあくまで長老会の連中だけなのだ。彼らに迎合している一部の人間を除けば大多数の国民は被害者みたいなものなのだから。


「大きな理由は俺がアスガルドという国が人間の国家として間違っていると思うからだ…………人という種の繁栄を望むならこんな国は負けるべきだ」

「どういうこと?」

「長老会が俺たちに掛けた呪いはな、この国の在り方とは矛盾してるし呪われた俺らからしたらクソッたれだが、国として見たら間違ってない」

「…………意味が分からない」


 忌々しいものだとはグエンも認めてるのに。


「あのな、ある日生まれた子供が国を滅ぼせるだけの力と悪意を持ってたらどうする?」

「…………すごく困る」

「そうだな、だがこの国でそれは起こり得る話だ」


 現にグエンという存在がここにいる。呪いが無ければ彼は長老会を皆殺しにし、逆らう魔攻士も全て焼き払ってこの国の王になることができた。それをしなかったのは彼には長老会への恨みはあっても支配者になりたいという欲望が無かったことと…………呪いがあったからだ。


 呪いは全く持ってクソッたれな存在ではあるが、ある日突然生まれた子供に国が滅ぼされるなんてことが起こらないようにするためには必要な保険ではある。


「だがな、もしかしたらそのうち呪いすらどうにかできるような強者が生まれてくるかもしれないわけだ」


 可能性はゼロではない。魔法使いとはそういうものだ。


「ある日突然生まれた子供の悪意で国が滅ぶ…………もしかしたら世界が滅ぶかもしれない。お前はそんな国が正しいと思うか? そんな国で生きたいと思うか?」

「…………思わない」


 リーフは強者であり、弱者でもあるからわかる。自分がスヴァルトの人間たちにしたことのように、グエンがその気になればリーフは殺される。そんな存在がいつ生まれるかびくびくしていては生活なんてままならない。


「でも、それは」


 国の問題では済まない話ではないのだろうか。


「ああ、そうだな」


 グエンは頷く。


「俺は、魔法使いという存在自体が間違ってると思ってる」


 この国の何もかも、自分自身すらも彼は否定した。

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