プロローグ(四)

 哉嗚かなおには何が理由かわからないが、最大の問題であったAIの不具合は解決したらしい。整備員である晴香はるかは有り得ないを連呼しているが彼にしてみればどうでもいい話だ。


 重要なのは使えるか、使えないかだけ。元々技術的な面に詳しいわけでもないのだから難しいところは技術者に任せる。


「ユグド、まずは距離を取るぞ」

「了解です、哉嗚」


 イレギュラーはあったが良い方向なら問題はない。当初の予定通りまずはあのバカでかいゴーレムを基地施設から引き離すべく、哉嗚は操縦桿を倒してペダルを踏み込んだ。

 今度はユグドの補助があるので先ほどのように体勢を崩すことなく機体はイメージ通りの軌道を描く…………その速度も従来機に比べて明らかに速い。ゴーレムがその速度に戸惑ったように顔を動かすのが見えた。


「照準を視線誘導に、頭に一発ぶち込むぞ」

「了解です、哉嗚…………ぶちかましてください」


 モニターに映るゴーレムへと向けられた哉嗚の視線に照準が追随ついずいする。その頭へと視線を集中させて迷わず彼はトリガーを引いた。直後に起こる閃光…………二度目はわかっていたので驚くことはなかった。


 もちろんその威力には驚嘆きょうたんするしかないけれど。


「目標に命中。頭部の消失を確認」


 淡々とユグドが結果を告げる。モニター上にはその言葉通り頭部を失った巨大なゴーレムの姿が映し出されていた。


「勝ったの…………?」


 それを見て晴香がぽつりと呟く。


「いや」

「否定します」


 哉嗚とユグドが同時に答える。


「なんでよ!?」

「あれは所詮魔法で作られたものに過ぎないから、なっ!」


 答えながら哉嗚は機体を旋回せんかいさせる。モニターの向こうでは頭部を失ったゴーレムが体だけをこちらに向けていた…………その胸元がふくらみ、とがり、無数の石の槍が生まれてそれが一斉に射出される。今しがたユグドがあった場所に突き刺さっていくその槍は、一本で巨人機と同等の長さがあった。


「だったらどうやって倒すのよ!」

「ゴーレムを操作している本体を倒すに決まっています…………そんなこともわからないのですか?」

「あんた、AIの癖にちょっと生意気過ぎない?」

「哉嗚…………この不要な物体を外に廃棄はいきすることを提案します」

「何ですって!?」

「…………お前ら、仲良くしろよ」


 機体を操作しながら哉嗚は呆れる。現状も絶賛戦闘中なのを二人は理解しているのだろうか。


「必要性を感じません。私のすべきことは哉嗚をサポートすることだけです」

「そのあんたを整備してあげるのは私よ!」

「否定。搬入はんにゅうから現在に至るまで正式稼働させられなかった事実が存在します」

「それはあんたのせいでしょうが!」

「…………だから、せめて静かにしてくれ」


 二人が口論している間にも哉嗚はゴーレムが放つ石槍を回避し、反撃にレーザーを放ってその右腕をいでいく。


「サポートは行っています」

「それは知ってるよ」


 AIだからなのだろうが晴香と言い合いながらも機体の制御に不備はなかった。


「だが戦闘中だ…………パイロットへの精神的影響も多少は考えてくれよ」

「肯定。留意りゅういします」

「晴香もな」

「…………わかってるわよ」


 ばつが悪そうに晴香が答える。ユグドと違い現状で彼女は役に立たないお荷物なのだ。


「で、あれを倒すぞ」

「あのゴーレムを作ってる本体を倒すのよね」


 そうでなくてはいくらゴーレムを削ったところで意味はない。


「どこにいると思う?」

「そりゃあ、あの中の誰かじゃないの?」


 モニターの遠くに映る魔攻士たちに晴香は視線を向ける。最初はゴーレムに基地の巨人機たちを任せて前面に出ていたのだが、今はゴーレムを盾にするようにその後方へと退いてた。

 彼らは明らかにユグドの火力を恐れている…………まあ、無理もないだろうが。


「いや、あの中にはいないだろ」

「え、なんでよ」

「あのバカでかいゴーレムでせっかく勝てそうなのに、それを操ってる本人が前に出ててやられたら意味ないだろ」


 周りの魔攻士がカバーするにしてもそれでは術者がバレバレだ。


「つまりもっと安全な場所に隠れてるってこと?」

「そういうことだ。それにあの中にいないかは他のパイロットがもう探してるだろ」


 ただやられるままではなかったはずなのだから…………と、哉嗚は気づく。


「そういえば他の巨人機から通信がないな」


 格納庫から出た直後ならともかく今は他の巨人機もユグドを認識してるはずだ。冷静に考えれば通信が入っていてもおかしくはないはずである。


「通信でしたらうるさいので切っています」

「…………そのままにしといてくれ」

「ちょっと、なんでよ!」


 思わず晴香が声を上げる。他の巨人機と連絡が取れれば情報の共有ができるし連携だって可能だろう。

 通信をしない選択肢が彼女には理解できない。


「色々あるんだよ」


 正規部隊の人間につっこまれたら困ることが哉嗚には多い。


「とにかく、通信は全部終わってからだ」

「了解です、哉嗚」


 ユグドは疑うことなく了承する。


「あのゴーレムに生体センサーは有効か?」

「肯定。しかし内部を精査する場合は相応の距離まで近づく必要があります」

「ならそうしよう」


 答えて哉嗚は機体を前進させる。巨大なゴーレムへと迷うことなく真っ直ぐに。


「ちょっと、あの中に操ってるやつがいるってこと?」

「単純な話だろ、この機体の出力でもなきゃぶち抜けないんだから」


 一番安全な場所はゴーレムの中なのだ。


「でも調べるってまさか飛ぶつもり!?」

「そのつもりはない」


 巨人機は空中機動も可能だが地上に比べると死角が多くなる。飛行できる魔攻士とのサイズによる小回りの差を考えればどちらが有利かは考えるまでもない。だから空の相手でも飛んで近づくより遠距離武器で狙い撃つのが基本戦略になっている。


「向こうにおねんねしてもらうさ」


 前進しながらレーザーライフルを構え、射線上に味方がいないことを確認して視線誘導でぶっぱなす。ゴーレムの右ひざからやや上を光の奔流ほんりゅうが呑み込み…………さらに哉嗚はそれを左へと薙ぎ払った。


「よし」


 両膝から切断されたゴーレムが支えを失って前へと倒れ落ちる。


「ちょっとっ!?」

「問題ない」

「はい、問題ありません」


 当然前進していたこちらに巨大な影が迫って来るが、哉嗚はユグドのサポートの下に機体を滑らせてその影から逃れる…………最悪この機体の出力であれば斥力障壁で防ぎきれるだろうとすら考えていた。


「左、敵反応」

「見えてる」


 まだ幼さの残る面持ちの女魔攻士が、その両手に雷光を迸らせながら真っ直ぐに突っ込んで来る…………あの時のような迷いはもうない。機体の左手を突き出し斥力を集中発生、カウンター気味に撥ね飛ばしたその隙に右手でレーザーライフルを構えて視線誘導でロックした。


「基地を壊さないよう角度に気を付けて威力を絞れ」

「了解です、哉嗚」


 返答を聞くと同時に哉嗚はトリガーを押し込む。モニターに閃光が迸り、未だ地面に着いていなかった敵魔攻士がそれに呑み込まれる。ややしゃがむように態勢を上向きへ放たれたそのレーザーは、哉嗚の要望通り基地の上部をギリギリでかすめずに空へと一筋の線を作る。


「さらに敵反応、上です」


 暇なくユグドが告げる。


「無視だ」


 だが哉嗚はモニターを確認すらしなかった。対処の必要などないと言うように機体を倒れたゴーレムの上へとジャンプさせ…………哉嗚たちを狙い急降下した敵魔攻士は横から放たれた無数のレーザーによって貫かれる。


 哉嗚がゴーレムを引きずり倒したので生き残っていた味方機に他に魔攻士へと対処する余裕が生まれたのだ。


「生体センサー」

「起動済みです」

「よし、まずは頭の方向だ」


 乗ったのは腰の辺り。ならば頭に向かうか足へ向かうかだが、単純に考えて敵から狙いやすい足はないだろうと哉嗚は考えた。

 頭は一度潰しているし。胸元辺りの可能性が高そうに感じる。


「っ!」


 直感的に哉嗚は操縦桿を倒して一気に速度を上げた。


「ちょっと、なによ!?」


 反応できなかった晴香が体勢を崩すが答える必要は感じない。ゴーレムの表面から無数の石の槍が生まれて機体後部を掠めていた…………速度を上げてなければ直撃だったろう。


「斥力障壁を下部に展開用意。判断は任せる」

「了解しました」


 念の為に保険だけ掛けつつゴーレムの体を疾駆する…………もっともいくら巨大なゴーレムと言えど巨人機のスピードならその身長は大した距離ではない。


「生体反応検知、前方約十メートル」


 その証拠にすぐにユグドが敵魔攻士を見つけモニター上にその位置をマークする。十メートルなどもはや数秒と掛からないような距離だ。


「速度を維持して全身…………二メートル手前で慣性かんせいを殺して跳躍する」

「了解です、哉嗚」


 本来なら止まることなどできない速度であっても巨人機なら機体各所からの斥力発生による制御で静止が可能だ。人間サイズそのままに莫大な力をもつ魔攻士たちを相手にするには、それくらいの運動性能が無いと相手にもなれない。


「歯を食いしばってろよ!」


 晴香に声を掛けるとほぼ同時に機体が急停止、即座に跳躍する。物理法則を無視したような軌道に相応のGが掛かり、体がコクピットへと強く押し付けられた。

 だがそれでもAIであるユグドのサポートの下に制御される機体の動きには何のぶれも存在しない。機体は高く跳び上がり、その直後に生体反応があった一帯に無数の石の槍が生まれて虚空を突き上げる…………そのまま突っ込んでいればどうなったかは考えるまでもなかった。


「っ、視線誘導」


 跳躍の限界点に達して体に自由が戻る。モニターの下には地上に倒れるゴーレムが浮かびユグドが生体反応を示したポイントへと視線を向けた。


「ロックしました」


 ユグドの声と同時にトリガーを押し込む。真下に撃つだけであれば基地を気にして威力を絞る必要もない…………地上へと放たれる真っ白な閃光がその反動で機体をさらに上空へと押し上げていく。


 地上では他の巨人機達がその光景を呆れるように見上げていた。


「お、終わったの?」


 閃光が収まってから晴香が思わずと言ったように口を開く。巨大なゴーレムの胸元には大きな穴が貫通してその先の地面にまで真っ黒な穴を開けていた…………どこまで届いているのだろうかと恐ろしくなる。


「落下します」


 哉嗚が何か言う前にユグドが告げる。レーザーという推進力が途絶えたことで機体は重力に従って地面へと落下を始めていた。最初の跳躍した高さから考えれば随分と高くなっている…………とはいえ、巨人機の性能であれば落下の衝撃を殺すことなど造作もない。


「ユグド、生体反応を確認しろ」

「了解です、哉嗚」


 直前までは確認していたが跳躍後はセンサーの範囲外だった。ゴーレム内部を移動して躱した可能性もゼロではない。


「生体反応の確認なし、消失したものと思われます」

「よし」


 ようやく哉嗚は息を吐く。


「他の魔攻士たちも排除されたようです」

「そうか」


 この巨大なゴーレムを引きずり倒した時点で勝敗は決まっていたのだろう。ゴーレムの主は戦術級……下手をすれば戦略級に届いていた魔攻士かもしれないが、並の魔攻士であれば巨人機の敵ではないのだから。


「勝った、のよね?」


 今度こそと言うように晴香がまた口を開く。


「ああ」


 哉嗚はそれを今度は否定しなかった。戦いは確かに終わった。


 けれど、哉嗚にとってはこれは始まりに過ぎない。

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