プロローグ(三)

 轟音と共に哉嗚かなおの操縦する巨人機は壁をぶち破って格納庫の外へと滑り出た。


巨人機という兵器の最大の特徴は未だ解明されていない技術による斥力せきりょく発生装置だ。あらゆるものを反発させるその力によって巨人機は地面から僅かに乖離し、まるでその上を滑るかのような機動を可能とする。


 さらに機体各所から発生させることで細かな制御を行え、集中して発生させることで魔攻士の攻撃を防ぐ障壁とすることもできる…………そして今は降り注ぐ瓦礫や壁をぶち破った衝撃を完璧に抑え込んでいた。


「よし、脱出」


 第一の目標は達成した。後はこれからどうするかだ。


「逃げる、のよ」

「落ち着いたか」

「…………さっきは悪かったわ」


 素直に晴香はるかは謝罪した。冷静でなかったのを自覚したのだろう。


「気にしなくていい」


 こんな状況下で気絶から覚めて冷静な判断できる方が稀だ。極限状況下であればあるほど感情的なものに固執してしまうのは珍しくない。


「で、逃げろって?」

「そうよ」


 これは冷静な判断だと晴香は頷く。


「この機体がまともに戦えるなら私も止めずに出撃させてるわよ」

「…………そりゃそうだな」


 とりあえず動きはしても問題があるのだろう。そうでなければ基地が襲撃されて劣勢なのに機体を遊ばせておく理由はない…………だが現実は非情だ。


「あれが逃がしてくれればいいんだがな」

「あれって…………!?」


 哉嗚と同じ方向を見て晴香が言葉を失う。


「なに、あれ……?」

「ゴーレム……ってやつだろうな」


 答える哉嗚の言葉も僅かに震えていた。魔攻士たちが使う魔法に土くれの巨人を生み出すことができるものがあることは知っている。一時期は巨人機に対抗して主力になっていたようで資料もかなり残っていた…………だがあのサイズはおかしい。


 哉嗚の記憶が確かなら確認されているゴーレムのサイズは巨人機とそう変わらないもののはずだ。動きはそれほど早くなく、単純な力こそあるものの巨人機には及ばず耐久力は土くれ相応。


「三十メートルはあるか?」


 だが視線の向こうに聳え立つゴーレムは明らかに大きすぎた。出撃した従来機が何とか抑え込もうと取り囲んでいるがそれこそ巨人と小人だ。振り回される足の一撃だけで吹っ飛ばされて一機の巨人機が動かなくなった。

 一応その隙に複数の巨人機がレーザーライフルを照射しているのだが巨大なゴーレムは意にも介していない。質量だけではなく材質も普通のゴーレムとは違うようで、レーザーは表面を焦がすだけで貫通すらしていないようだった。


「あんなの……ありなの?」

「魔攻士ならなんでもありだ」


 戦術級か、あれを量産できるなら戦略級に近い魔攻士かもしれない。


「幸いまだあれには気づかれてないみたいだが」


 あんなものが近づけば基地など一瞬で終わりだ。だからこそ出撃した他の巨人機は全力で押し留めようとしているのだろう…………だがその数は確実に減っている。今もその手に捕まれた一機の巨人機がその抵抗もむなしく握り潰されていた。


「っ、やっぱ他にもいるよな!」


 慌てて操縦桿を倒しペダルを踏んで機体を滑らせる。遅れて警告の表示。今しがたいた場所を巨大な火球が通り過ぎ、着弾先で爆炎を撒き散らす。


「こ、の…………!」


 即座に反撃すべくレーザーライフルを構えて射撃体勢を…………とれない。回避の確認と同時に制動を掛けたはずの機体はなぜか滑り続けてむしろ体勢が崩れてしまった。コケる直前のような体勢でまともにライフルなど構えられるはずもない。


「照準を視線誘導に!」

 だがそれでもモニターにはまだ敵魔攻士の姿が映っていた。巨人機の操縦はAIによる補助が基本だ。視線誘導でロックさえかけてしまえば多少無茶な姿勢でもAIが当ててくれる。


「…………エラー」

「ふざけんなっ!」


 思わず叫ぶ。そこにさらなる火球が飛んで来てモニターが真っ赤に染まる。


「っ!?」


 思わず身を固くするが衝撃は来ない。斥力障壁による自動防御が機能したのだろう。そのことにほっとしつつも再び機体を操作し、何とか体勢を立て直す。


「なんだこの機体っ!?」

「だから逃げてって言ったでしょ!」

「俺だって逃げたいよ!」


 だが眼前の魔攻士は完全にこの機体をロックしている。


「故障はなんだ!」

「AIの不具合! 理由はわからないけどエラーが多発するの! 細かい制御の補助もあんまり機能してない!」


 だから機体は滑り過ぎたし、視線誘導への口頭入力もエラーを吐いた。


「AIに不具合とか…………欠陥ってレベルじゃないぞ!」

「だから最初からそう言ってるでしょ!」


 繰り返しになるが巨人機の操縦はAIによる補助が前提になっている。パイロットは大雑把な方針を示してAIが細かい調整をするのが基本だ。例えパイロットが壁に全力でぶつかるよう操作してもAIは手前で綺麗に制動をかけて壁際を曲がる機動に変えてくれる。


 そして巨人機にはAIを抜いたマニュアル操作なんてものはない。そもそもそんな操作が可能な機器自体が最初から取り付けられていないのだ…………つまるところ二人が乗っているこの巨人機は現状では大雑把な行動しかとることができず、しかもエラーによってその行動のフォローが期待できない状態であるということだ。


「また来るわよっ!?」

「わかってる!」


 先ほどよりも巨大な火球が眼前に映る。咄嗟に操縦桿を深く倒してペダルを踏み込むが、それが強すぎたのかAIの補助のない機体はその場でつるりとこけた。正面のモニターから迫り来る火球が消えて……代わりにアスファルトが迫ってぶつかる。

 斥力障壁も自爆には機能しなかったのか、衝撃が思い切りコクピットにも伝わって機体を激しく揺らした…………そこに火球が着弾する。全周囲を映し出すモニターが全て真っ赤な炎へと染まった。


「ち、くしょうが」


 悪態を吐きながら操縦菅を強く握る。火球そのものに機体はダメージを受けていない。転倒とは違い火球には自動防御は機能している…………だが次も機能する保証はない。

 哉嗚は無理に機体を立て直そうとはせずそのまま匍匐姿勢へと操作した。モニターのタッチパネルを操作して対象を手動でロック。そこに映るのは二十歳くらいの青年の魔攻士。その眼に浮かぶのは明確な敵意…………あの時と違って躊躇いはなかった。迷わずに操縦桿のトリガーを押し込む。


「…………は?」


 直後に視界を染めた光景に思わず声が漏れる。迸る圧倒的な閃光。強すぎる反動に機体が押されているのがわかった。モニターは全て白に染まってそのレーザーが対象に当たったのかどうかの判断すらできない。

 いや、理性ではわかっていた…………これなら多少照準がずれたくらいで問題はないだろうと。


「…………どういう出力だよ」


 魔攻士相手には基本レーザーは最大出力で撃つ。魔攻士は個々で扱う魔法は違うが魔力障壁とかいうバリアは全ての魔攻士が展開できる。それをぶち抜いて殺すことが前提なので威力を絞る理由が無いのだ。


 だがこの機体の出力は明らかに過剰だった。レーザーの通った機体から対象の魔攻士までの直線の舗装は抉れるように剥がれて焼き焦げており、さらには魔攻士を焼失させたうえでその遥か向こうの巨大なゴーレムの足首を消し飛ばしていた…………どう考えても尋常な威力じゃない。


「戦術級…………いや、それ以上か?」


 これなら、勝てるかもしれないと哉嗚の心に浮かぶ…………あの絶望に。そう考えた途端に心が軽くなって活力が湧いて来る。定まらなかった目的が見えて来たようだ。


「ちょっと、早く逃げないと」


 そんな哉嗚に晴香が声を掛ける。二人を狙っていた魔攻士は片付けた。さらにこの機体の放ったレーザーの威力に戦場は静かになっている。敵も味方も何が起こったか分からず呆然としてしまっていた…………逃げるなら今なのは明らかだった。


「…………逃げない」


 だが哉嗚の心はすでに定まっていた。


「ちょっと、まさか戦うつもりなの!?」


 驚いて晴香が哉嗚の顔を見上げる。


「さっき言ったでしょ! この機体はAIに不具合があるの! 確かに今は有効な射撃ができたけど次も出来るとは限らない!」

「…………お前、整備員なら直せないのか?」

「直せるならもうとっくに直してるわよ!」


 悔し気に晴香が叫ぶ。


「原因がわからないの。システム上は正常にインストールされてるし破損したデータやプログラムもない…………どうして不具合が発生するのかどれだけ調べてもわからなかったの!」

「ソフトじゃないならハードの部分なんじゃないのか?」

「そんなこと私達だって考えたわよ」


 馬鹿にしないでと言うように晴香が答える。


「でもこの試作機にはブラックボックスが多すぎるの。上に問い合わせてもブラックボックスには絶対に触れるなの一点張りだし…………正直投げてたのよ、この機体は」


 だから襲撃に遭っても格納庫で眠ったままだったのだ。原因がハード部分にあるのではと疑っても、その確認すらできないのではどうしようもない。


「だからこの機体で戦おうなんて無謀は止めて」

「けどあれに勝てる可能性があるのはこの機体だけだぞ?」


 冷静に事実を哉嗚は告げる。


「俺達が逃げれば味方の巨人機は全滅で基地も潰される」

「…………っ!」


 それを否定する言葉が浮かばなかったのか晴香が唇を噛み締める。


「それにどうせ向こうも逃がしてはくれないだろ」


 モニターの向こうであの巨大なゴーレムが顔をこちらに向けていた。消し飛ばした足首はすでに修復されている…………その足がゆっくりとこちらへと向けて上がった。一歩進むだけで轟音がここまで響き渡る。


「とりあえず基地から引き離す…………降りて司令部まで走ったほうが安全かもな」

「…………どうしても戦うつもりなの?」


 答えず晴香は逆に尋ねる。


「ああ」


 哉嗚はそれに頷く。


「ずっと自分は何をするべきなのかを考えていた…………でも、最初からそれはわかってたんだ。選択肢は二つしかない。逃げるか、立ち向かうか」


 選ぶことができるのはその二つだけ。


「思えば俺はあの病室でずっと逃げてたんだろう…………でも、それじゃ駄目だってこともわかってた」


 だから、あそこから逃げ出すことを選んだ。


「立ち向かわないと…………逃げ続けるだけだ」


 そしてそのままずっと深い絶望に囚われたままだ。


「だけどこの機体は俺に希望を見せてくれた…………あの戦略魔攻士に、リーフ・ラシルに勝てるかもしれないって希望を」


 だから戦う勇気を思い出せた。それを目的にすることができた。


「事情は分からないけど覚悟が決まったってことね…………でも、この機体は」

「リーフ・ラシル…………嫌な名前ですね」

「え?」


 自分の会話に挟まった声に晴香は思わずきょとんとする…………それは哉嗚の声ではなかった。自分ではない女性の声がモニターから発声されていたのだ。


「リーフ…………リーフ・ラシル。理由はわかりませんが意識が騒めきます。嫌な名前、実に不快な響きです」

「…………おい、晴香」


 その声は哉嗚にもちろん聞こえていて晴香を見る。


「この声はなんだ?」

「私にもわかんないわよ」


 その声はモニターから聞こえているのだが通信というようでもなかった。強いて言うならその声はAIの発する声質に似ているように感じられる。


「おい、お前はこの巨人機のAIか?」

「AIではありません。ユグド…………そう、ユグドと呼ぶことを要求します」

「ユグドってこの機体名じゃない…………」

「何ですかお前は、パイロットではありませんね?」

「私はこの機体の整備員よ」

「整備員、あのまとわりついてうっとおしいやからどもですか」

「うっとおしいですって!?」


 状況も忘れて晴香が憤る。


「あー、ユグドだっけか?」

「はい、パイロット。あなたの名前は?」

「俺は哉嗚だ。宮城哉嗚」

「哉嗚、宮城哉嗚ですね。覚えました」

「ああうん」


 答えながら哉嗚は困惑する。まるで人間と会話しているようだった。巨人機に搭載とうさいされているAIは事務的な口調で当然ながら自我なんてものは存在していない。あくまで機械的にパイロットの補助をしてくれるだけの存在だ。


「哉嗚、あなたの目的はリーフ・ラシルを殺すことですか?」

「あ、ああ」

「それならば私はあなたをパイロットと認め協力します。共にあの女を討ちましょう」


 酷薄こくはくな口調でユグドはそう告げた。


「ですがまずは、そう…………あれからです」

 

 モニターに映し出される映像がぐりんと動く。


 そして機体を、迫り来る巨大なゴーレムへと自動で向けた。

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