プロローグ(二)

「ちくしょう、くそったれの魔攻士どもめっ!」

「文句を言ってる暇があったら撃ち続けろっ!」

「やってるよクソッたれ!」

「くそくそくそくそ! なんだよあのデカブツは! レーザーが通らねえっ!」

「操ってる魔攻士を狙うんだよっ!」

「どこだよ! 一体どこにいやがるんだよ!」

「馬鹿野郎避けろっ!」

「ぐっ、くそこいつ俺の機体を掴みやがった」

「ちくしょう、離しやがれっ!」

「た、助け…………ぐげっ!?」

三田口みたぐちっ! 畜生! このくそ魔攻士どもがああああああああああああああああ!」


                ◇


「!?」


 嫌な夢を見て彼は目を覚ました。全身に汗を掻いているのに背筋は冷え切っている。口の中も乾いていて喉がえずいた…………開いた眼に映るのは真っ白な天井。夢のせいで心臓が高鳴っているからか天井は大きく揺れてるように感じられた。


「…………ここは」


 体を起こして周囲を見回すとそこは病室だった。無駄な物の置かれていない個室。それは夢ではなくここしばらく見慣れた光景…………ただ一つ違うのは外から聞こえてくる騒音だ。それは今しがた見た夢と合致していてこれが本当に現実かどうかを曖昧にしていた。


「襲撃、か?」


 例えそこが厳重な警戒に守られた基地であっても魔攻士という存在はそれを軽々と乗り越えて来る。話に聞いたものでは何キロもの距離を一瞬で移動できる魔攻士もいるそうだ。この国には巨人機を始めとした古代文明の技術が多くあるが、それと比べても魔法使いという存在は規格外であるとしか思えない。


「…………」


 周囲から伝わってくる轟音に振動、そして病室の外を通り過ぎて行く足音。それを鑑みて基地の状況は芳しくないなと彼は思った。

 音というものはそれを立てた人間の感情を反映するものだ。現状この基地を取り巻く音は焦りと動揺、そして恐怖に満ちていた。


「チャンス、か」


 呟いてベッドから立ち上がる。多少走り回れる程度には体力も回復している。着替えをすべきかと思ったが入院服以外は用意されていなかった…………脱走対策だ。

 しかしこの状況下で彼を移動させにも来ないということは現状そんな余裕すらないということだ。


 案の定ちらりと覗くと病室の外に立っていた歩哨も今はいない。元々重要度の高い任務でもなかったのだろう、病室の外からは時折彼の退屈な任務に対する愚痴が聞こえていた。


「…………今なら行けるな」


 先ほどまでと違って今は病室周辺に人の足音はなかった。それでも少し進めば遭遇の可能性はあるからまずは目立つ入院服から着替える必要がある。

 幸いなことに人のいない病室を漁ったらすぐに軍服が見つかった。サイズは少し大きいがそれもごまかせる範囲だろう。手早く着替えて彼は一息を吐き…………ふと悩む。


「どうするべきなんだろうか」


 この数カ月は病室で過ごしていた。当初はまともな入院生活で、動けるようになってからだと二カ月ほどだろうか。扱いが決まらないのか最初にいくつか詰問されただけで、その後は特に説明のないまま外出と他の兵との交流を禁じられての軟禁状態だった…………それを最初は受け入れた。

 気力が無かったのだ。何も考えず、思い出さず、ただ無為な時間を過ごしていたかった。


 けれど過去は追ってくる。

 現実は目の前から無くならない。


 だから今、この基地は襲撃を受けている。


「…………」


 ただ死ぬなら、状況に任せるならあの病室に残っていればよかった…………けれどこれがチャンスだと自分は思ったのだ。今なら抜け出せると。

 だが抜け出して自分はどうしたかったのだろう、どうするべきなのだろう…………答えてくれる相手は誰もいない。


 迷いの残ったまま混乱する基地をさ迷う。飛び交う怒号や悲鳴の内容を聞くにやはり状況は芳しくないようだ。襲撃に対して基地にあった巨人機は全機出撃したがそれが苦戦しているようだった。

 

 巨人機はほとんどの魔攻士に対して圧倒的な性能を持っているが例外もある。戦術級の魔攻士になれば対抗されるようになるし、戦略級ともなれば相手にもならない…………心臓が鷲掴みにされたように体が強張る。

 夢で見た記憶。大丈夫だと自分に言い聞かせる。あれがこの基地を襲撃しているなら抵抗すらできていないはずなのだから。


「…………ここは」


 人気を避けて辿り着いた先は巨人機の格納庫だった…………それも崩壊間近の。巨人機を搬出する正面の大扉の付近を攻撃されたのか、そこから全体が歪んで天井が崩れかけていた。さらには圧し潰された機材から火が出たのか少しずつ炎が燃え広がっている。

 しかもいくつかの瓦礫からは人のものらしき手足が出ているのが見えた…………多分、整備員だろう。


 幸いなのは巨人機はほぼ全て出撃したらしいことだ。この格納庫に残っているのはたったの一機だけ…………それも奇跡か偶然か瓦礫は避けて傷一つない状態で鎮座している。


 別に彼は巨人機を探して格納庫にやってきたわけではない、ただの偶然だ。けれど自然とその足はその巨人機へと向かっていた。


「小さいな」


 それは彼の知る巨人機よりも一回り小さかった。通常の巨人機は全長が七、八メートルほどだがその巨人機は五メートルほどだった。けれど兵装は同じようで従来機と同じ大きさのレーザーライフルを肩に担いでいる。

 まだ実戦で使用されていないのか機体の表面には光沢が残っており、下ろしたてという印象が伝わってきた。

 

 そのシルエットに見覚えが全く無いということは情報公開すらまだされていない試作機なのだろうか。


「ん…………うぅ」


 不意に呻くような声が下から聞こえる。巨人機に目が行ってたせいで気づかなかったがどうやら近くに誰かいたらしい。慌てて駆け寄ると自分と変わらない年齢の少女が伏せるように倒れていた…………服装からすると整備員なのだろう。


「おい、大丈夫か」

「う…………あ、誰?」


 ぼんやりと少女は目を開けてこちらを見る。頭を打っているようだが全身を軽く見た限り大きな怪我は無さそうだ。顔色も悪くないし今すぐどうこうということはないだろう。


「俺は宮城哉嗚みやぎかなお、君は?」

「私、私は…………皆島晴香みなしまはるか

「そうか、状況はわかるか?」

「…………襲撃があって、巨人機を送り出して、すごい音がして」


 そこから記憶が無いと晴香は言った。多分格納庫が破壊されて崩れてきた破片か何かが頭に当たったのだろう。そのまま他の整備員のように押し潰されなかったのは幸運だ。


「みんな、は?」

「…………先に避難してる」


 ここで伝える必要はないと哉嗚は嘘を吐いた。


「俺たちも避難するぞ、肩を貸せ」

「あ…………うん」


 まだ力が入らないらしい晴香を哉嗚は引き起こして肩を貸す。


「行くぞ」


 哉嗚がそう呟いて振り向いたその瞬間、格納庫の壁が吹き飛び大量の瓦礫が出口への道を埋めた。


「ぐっ!?」

「きゃあっ!?」


 同時に相応の衝撃が二人の下にも届いてその体を浮かせ、硬い床へと叩きつける。 


「ぐっ、大丈夫……か?」

「う、うん…………なんとか」


 幸い打ちどころは悪くなかったので哉嗚はすぐに身を起こせた。声をかけると苦痛は隠せないながらも晴香も言葉を返す。見たところ問題もなさそうだ。


「…………出口が塞がれたな」


 二人が逃げるはずだった出口は瓦礫で埋まっていた…………しかも最悪な事に今の衝撃が止めになったのか格納庫全体が大きな悲鳴を挙げ始める。残っている屋根や壁全体が軋みを上げ、今にも一斉に崩れそうな気配を発していた。


「どう、するの…………?」

「死にたくなけりゃ一つしかないだろ」


 哉嗚は晴香を連れて再び踵を返す。その視線の先にあるのはあの巨人機。襲撃されている状況でなぜあれだけ放置されていたのかはわからないが、整備員である晴香がいればなんとかなるだろう。

 幸いタラップもつけられたままなのでコクピットに乗るのも支障はなさそうだ。


「ちょっと、待っ……て」


 その意図を悟ったのか晴香が声を上げる。


「なんだよ」

「まさか……あれに乗る気、なの?」

「他に方法はないだろ」


 出口は全て潰されてしまっているし格納庫は崩壊寸前だ。唯一残された道はあの巨人機に乗って壁なり瓦礫なりをぶち抜いて脱出するしかない…………最悪斥力せきりょく障壁を展開できれば瓦礫に潰されるようなこともないはずだ。


「あれは、駄目っ」

「動かないのか?」

「動く、けど…………駄目なの」

「動くならそれで充分だ」


 最低限動けば脱出はできる。


「大体パイロットが……」

「俺は巨人機のパイロットだ」

「パイロットの顔は、全員知ってる…………あなたは知らない」

「配属されたばっかりでな」

「嘘よ」


 食い下がる晴香に哉嗚はウンザリとした表情を浮かべる。


「あのな、あれに乗らなきゃ死ぬんだぞ?」

「整備員として万全じゃない機体は出せないって言ってるの!」

「その意気込みは立派だが状況を考えろ」


 今はこだわるべき状況ではない。


「もう、死なせたくないのっ!」

「俺だって死にたくねえよ!」


 だから乗るのだ。晴香は半ば錯乱しているのだろうと判断して哉嗚は言葉を切る。暴れる彼女を無理矢理に引きずってタラップを登り、機体のパネルを操作してコクピットを開く。すると胸元の部分の楕円形の装甲が展開して内部があらわになった。


 背面まで続くモニターに沈み込むように長く伸びた座席。その両脇に設置された二本の操縦桿に足元のフットペダル。計器やスイッチ類も見られない簡素なつくりだが、これが操作の査の大半がAIによって制御されている巨人機のコクピットだった。


「乗るぞ」


 声だけは掛けて操縦席に滑り込む。巨人機は一人用だから晴香は膝の上になる…………同時にモニターに電源が入り周囲の状況が映し出された。パイロットとしての生体認証登録が抹消されていなかったことに哉嗚はまずはほっとする。

 もし起動できなかったらこの巨人機の純粋な頑丈さに全てを賭けて祈るしかない状況だった。


「モニターの表示は従来機と変わらないな」


 だがそれに感謝している余裕はない。記憶を探りながら哉嗚は右側のモニターのタッチパネルを操作し、開いたままのコクピットを閉じようとする。


「警告。搭乗員数をオーバーしています」

「非常時だ。いいからコクピットを閉じろ」

「…………承認しました」


 口頭で返すとAIが反応しコクピットが閉じられる。するとすぐに前面のモニターも機能して前方が映し出された。格納庫の状況はもはや限界で、そこら中に瓦礫の山が出来て炎がそれを焼いている…………猶予はもうほとんどなさそうだった。


「よし」

 

 覚悟を決めて操縦桿を握り、フットペダルに足を乗せる。懐かしい感覚、訓練の記憶や仲間との任務の記憶…………そしてあの悪夢の記憶。僅かに震えを覚えるが哉嗚はそれを吞み込んだ。


 死にたくない、先ほど叫んだその言葉こそが今の哉嗚の目的だった。病室を抜け出して何をするべきかもわからなかった…………だが、動き出す。


 ドォン


 また強い衝撃が格納庫を揺らした…………それこそが本当に止めの一撃だった。今にも崩れそうだった格納庫は今こそ崩れる瞬間だと言うように崩壊を始める。残っていた天井が全て地面へと落ちていき、周囲を囲む壁はひしゃげて潰れていく。


「発進」


 両手に握った操縦桿を倒し、フットペダルを強く踏み込んだ。


 崩れ行く視界の中で、哉嗚の乗る巨人機が確かに前進を始めた。

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