魔法使いと巨人の戦記

火海坂猫

一章 終わりのない戦争

プロローグ(一)

 土肌が剥き出しで草木も生えていない荒野。それが延々と続くだけのその場所にひと際目立つ影が六つ。その影の主は人型ではあったがその全身は金属によって作られていた…………それに大きすぎる。全長は八メートルほどだろうか。


 それは機械の巨人とでもいうべき存在であり、実際に巨人機と呼ばれていた。人が直接乗り込みAIのサポートによって操縦する機動兵器。


 そんな巨人機が六体。横一列で行進を続けている…………だがその行進は驚くほど静かだった。巨人機は僅かな前傾姿勢で滑るように荒野を進んでいるのに、そこから上がる土煙の量は驚くほど少ない。


哨戒しょうかい予定地域にもうすぐ到着する。各自警戒を怠るなよ」


 列の中心に位置する機体から通信が各機に発せられる。


「りょ、了解です」


 それに答える声の一つはまだ幼く聞こえた…………実際に、そのコクピットで操縦桿を握っているのはまだ少年と言えるような容姿だった。これが初陣なのかその顔は緊張で僅かに紅潮こうちょうし、操縦桿を握る手も強張っている。


「ははは、緊張するな。哨戒任務といってもようは散歩みたいなもんだ。この辺りでは魔攻士まこうしの目撃情報はまだ上がってない」


 そんな少年を安心させるように隊長機がまた通信を発する。


「そうそう、それに仮に遭遇しても六機の巨人機なら大抵は返り討ちにできるさ」


 さらに別の僚機りょうき、先輩パイロットからの通信も続いた。


「慢心するなよとは言いたいが、まあ上位の魔攻士でも出てこない限りは大丈夫だな」


 なだめるように別の声が続くが、それにも少年への気遣いがあった。


「おいおい、そういうこと言うとフラグが立つんじゃねえの?」

「そんなものは迷信だ。それにここらは上位魔攻士が出て来るほど重要な場所じゃない」

「お前ら、警戒しろって言った直後に無駄話するんじゃねえよ」


 呆れるような隊長の声。


「うーっす」

「申し訳ありません」


 それに返す先輩たちの声に少年の手の強張こわばりは小さくなっていた。


「レーダーに反応っ!」


 だがそれも一瞬のこと、仲間の一人からの通信に少年の緊張はすぐに戻って来る。


「詳細は?」

「数は十、前方およそ一キロ」

「全機停止、望遠カメラにて目視で敵を確認せよ」


 隊長の指示に慌てて少年はカメラを操作する。レーダーが表示されているパネルの目標らしき光点をタッチすると、AIが自動でカメラを操作して拡大された目標の姿を映し出してくれる。

 大半の機構がAIによって自動化されている巨人機においてパイロットの役目は大まかな指示だ。


「これが、敵…………」


 モニターに映るのはローブを羽織っただけの銃も持たない十人の男女。年齢も様々で彼と変わらない年頃の者から壮年に達しているものまでいた。もちろんこれまでも資料としてその姿は見ているが…………カメラ越しとはいえ直接見ても印象が変わらなかった。


「…………人間だ」


 小さく呟く。それ以外に見えなかった。


「坊主」


 その呟きを聞き留めたのか仲間の一人が通信を入れる。


「あれは人間じゃなくて魔攻士だ。確かに俺たちとほぼほぼ変わらない存在だが一つだけ決定的に違う…………あれは、魔法を使う化け物どもだ」

「そうそう、見た目は同じでも俺たちとはまるで別もんだ」

「…………それは、わかってます」


 巨人機のパイロット訓練でも繰り返しそう認識するように叩き込まれた。


「無駄話の時間は無いぞ、こちらが認識したということは当然向こう側もこちらには気づいている」


 冷静な隊長からの通信が響く。なにせここは遮るものの何もない荒野なのだ。巨人機のサイズを考えればレーダーなどなくとも相手の方が先に視認出来ていておかしくない。


「だが相手に先制攻撃されていないということはこの射程を届かせる魔法を使えないか、使えるにしても時間が掛かるかだ…………この猶予ゆうよは有効に使わせてもらう」


 突然の遭遇に戸惑っているという可能性もあるが、それにしては慌てたり逃げ出したりするような様子もない。いずれにせよこちら側に彼らを見逃す理由が無い以上は先制攻撃を仕掛けられるチャンスを逃す理由もない。


「全機レーザーライフルの使用準備。照準の対象はこちらで指定する…………全機のロックが済み次第合図で一斉射撃を開始。以降は各自の判断に任せ対象の壊滅を確認するまで戦闘を継続する」

「「「「了解」」」」

「りょ、了解」


 一人遅れて返答する少年するとすぐに隊長機からの指示がモニターへと反映される。そこに映し出された敵魔攻士たちに対してどの機が誰を狙うのかの指示が表示された。

 少年が狙う相手は壮年そうねんの男。訓練で教わった通りに操作すると、巨人機がその背中に取り付けられていたレーザーライフルを外して両手で構える。


「狙撃モード、対象を手動でロック」


 AIへの口頭入力で射撃モードを設定し、モニターに直接触れて壮年の魔攻士をロックする。後はトリガーの引き金を引けばライフルから高出力のレーザーが発射され一瞬で対象を蒸発させる…………はずだ。


「全機のロックを確認」


 隊長の声が聞こえる。モニターの向こうではロックされた壮年の魔攻士がそれに気づく様子もなく、ただこちらを睨みつけている…………それをこれから殺すのだ。生きている、自分達と同じ姿をしたものをこの世から消し飛ばすのだ。


「…………っ」


 引き金を引くだけでいい、それだけで相手は死ぬ。消え去る。その威力を少年は訓練で良く知っていた。訓練では数メートルあるような大岩に人よりも大きな穴を開けた…………とても生身の人間相手に使うような兵器ではないと思った記憶がある。


「全機一斉射」


 だがそれを撃てと隊長が告げる。巨人機各機から一斉に放たれた高出力レーザーは対象にそれを認識させるよりも早く到達し…………その相手を消し飛ばす。


「命中五! 撃破四!」


 観測手が通信する。五発が目標に命中、一発は防がれ、一発は発射されなかった。


「全機戦闘開始…………宮城みやぎっ!」

「っ!?」


 怒鳴りつけられて少年が身を竦ませる。


躊躇ためらうのはわかるがこれは戦争で実戦だ! 撃たなければ死ぬのはお前かお前の仲間たちだ! 死にたくなければ、仲間を殺したくなければ撃てっ!」


 隊長が叫ぶ間にも仲間たちの機体は容赦ない射撃を魔攻士たちへと行っている。彼らは皆隊長が叫んだことが真実であることを知っている…………それを実感するのには苦い後悔が伴うことも。


「反撃、来ます!」

「対ショック!」


 即座に隊長が叫ぶと同時に巨人機が振動する。敵魔攻士からの魔法による反撃。銃すら持っていなかったはずなのにその攻撃は一キロ離れた巨人機を揺らしている…………だがモニターに映る機体コンディションは良好。斥力展開による自動防御は有効に働きその損害を僅かな振動にまで抑え込んでいる。

 だが、少年の本能には攻撃されたという衝撃が確かに届いた。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 叫び、トリガーを握って引き金を引く。対象のロックオンはされたままだった。少年は撃てなかったがその後は仲間の射撃が行われている…………人間が耐えられるはずのないレーザーをあの壮年の魔攻士は防ぎ生き残っていたのだ。

 だがその姿は見るからにボロボロで…………もはや少年の一撃を防げなかった。


 壮年の魔攻士が消え去って、けれど少年は引き金を引くのを止めなかった。

 

                ◇

 

 しばらくすると荒野は静かになっていた。巨人機によるレーザー射撃も止み、対象の魔攻士たちがいた場所にはいくつもの焦げ跡だけが残った…………敵は全滅。文字通りにこの世から消え去っていた。


「目標の消失を確認。だが念の為に戦闘態勢は維持」


 少し遠いところから聞こえるような隊長からの通信。


「AIも状況はクリアと判断しているが相手は魔攻士、警戒するに越したことはない」

「死んだふりして隠れてる可能性もありますからね」

「何でもありだからな、あいつらは」

「ちょっとは常識ってもんに従って欲しいもんだぜ」

「大人しく死んどけってな」


 隊長からの通信に仲間たちは緊張を維持しつつも軽い口を叩く。


「と、おい坊主。ちゃんと意識はあるか?」


「はっ、はい!」


 声を掛けられて少年は慌てて通信を返す。


「無事に初陣終えられたようで何よりだぜ。何事も最初の一発が肝心だからな、それができなくてパイロットを辞めるか死ぬ奴が多い」

「ちげえねえ」

「その点で言えばちょうどいい相手だったな」

「お前ら、戦闘態勢は維持だと言ってるだろう」


 呆れたような隊長の声。


「しかし確かに手ごろな相手ではあった…………少し妙だったがな」

「あ、隊長もそう思いますか?」


 仲間の一人が隊長の意見に賛同する。


「あいつら反撃をきっちりここまで届かせてましたよね」

「ああ、それなのに先制攻撃してこなかった」

「ビビってたんじゃねえすか?」

「それなら発見される前に逃げるだろ」


 だが魔攻士たちはどちらもせずその場に留まっていた。


「あいつらも軍人でしょ? 待機命令が出てたとか?」

「こんな荒野のど真ん中でか?」

「俺たちだってその荒野を哨戒してるじゃないですか」


 この荒野は二つの国を分断する境界戦だ。戦況は膠着状態が続いているとはいえ小競り合いはひっきりなし。

 魔攻士相手ではレーダーに頼りすぎることも出来ないため、定期的に巨人機による哨戒行動を行なっている。


「だがこちらと同じ哨戒任務なら留まっているのもおかしいだろ」

「あの、誰かを待っていたとか?」


 ようやく動揺も治まって来て、何とか少年は意見を述べる。


「合流予定地か、ありえなくはないな」

「だとすれば逃げなかったのは合流の為ですかね?」

「先制してこなかったのは少しでも時間を稼ぐためか」

「気づかれずにやり過ごせると思ったのかもな」


 実際レーダーが反応しなかったら見逃していた可能性はある。


「もしくは」


 ぽつりと隊長が呟く。


「合流さえできればどうとでもなると考えていたか」

「どういう意味ですか?」


 少年が聞き返す。


「っ、レーダーに反応!」


 それに答えるよりも早く観測手が叫ぶ。


「数は一、先ほどの魔攻士たちがいた場所に降り立ちます!」

「全機、警戒」


 命令と同時に望遠カメラを作動させる。戦闘態勢の維持が命じられていたので全機がレーザーライフルをそのまま降り立った人影へと向けた。


「女の、子?」

「見た目はな」


 自分と変わらない年齢の少女の姿に思わず呟いた少年に、仲間が皮肉気な声を返す。


「撃ちますか?」

「…………」


 仲間の一人が尋ねるが隊長はなぜだか沈黙していた。


「隊長?」

「全機即時撤退!」


 そして即座に叫ぶ。


「あれは戦略魔攻士だ!」


 その言葉にはこれまでの冷静な口調にはなかった焦りが含まれていた。


「マジかよっ!」

「本物のばけもんじゃねえかっ!」

「無駄口叩いてんじゃねえ! 逃げろっ!」

「え、えっ!?」


 仲間たちの慌てた声に少年の頭がパニックになる。


「いいから全力であの魔攻士から距離を取れ!」


 それを叱咤しったするように隊長が叫ぶ…………いずれにせよ、もう遅すぎたのだが。

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