収支報告書
降り続く雨は世界遺産に深刻な影響を及ぼしている。水の浸潤により剣闘士の家が崩壊したのだ。当時ローマ兵が使用していた練習場である。
79年8月24日。ナポリ近郊のベスビオ火山が噴火した。火砕流は人口2万人の街をサイクロンのように襲い焼き尽くした。その後19世紀になってようやく発掘が開始された。厚い火山灰を取り除くと当時の惨状がそっくりそのまま保存されていた。逃げ遅れた人々の痕跡は鋳型のように残っていた。いくつかの白骨死体よりも貴重だったのはそのシルエットだ。石膏を流し込んで固めてみると顔立ちや衣服など生き生きとした立体像となって甦った。
逃げ遅れてもがき苦しむ人々にボルケーノが送り込んだGoTo利用者が混じっていた。死神は噴火を知っておきながら通知を怠った。いや旅行パンフレットは保険加入を強く勧めていた。熟読すればわかりそうな事だがたけしは契約を急いだ。保険適用で異世界死亡時の巻き戻し処置費用が全額バックされる。
もちろん異世界で得た利益の殆どが吹き飛ぶが暴利というわけではない。任意保険の巻き戻し特約が必要になるまでヤバい橋を渡りつつける自己責任だ。
実は噴火の直前に死神ボルケーノはたけしの遺産相続手続きを正式に済ませていた。呼吸困難に陥るなかたけしは最後ぼ星を消費して救援要請を送信していた。
「ボ…ケ…て」
ボルケーノ助けてと言いたいようだが、そもそも彼に与えられた餞別は今わの際に使う気休めとして用意されており複雑な送信機能はない。せいぜい親族に挨拶を贈る程度だ。それまでにもたけしは無駄遣いをしていた。
ポイント3つはキャンセル料だったのだ。行使した時点で死亡転生すら取り消される。Goto異世界の危険性は日本国政府も十二分に承知していた。そして一兆円以上を魔界に献金した。
「フゥーハハハ」
ボルケーノは笑いが止まらない。たけしの遺言「ボ…ケ…て」は魔界人間界合同法廷によって譲渡の意思が認められた。死神のやったことに違法性はない。そもそもボルケーノは予定調和的にローマの役人を操ってポーテスの資産を負債に書き換えた。債権はローマの子孫に分散し土地や美術品として脈々と伝えられた。現代日本の時価総額にして一兆円を超える。物件自体が生み出す観光収入や賃料もろもろ込みだ。
そうやってベスビオ火山やその他、悲運で滅びた歴史に死神たちは投資していた。原資は甘い言葉で釣り上げた日本人だ。そして下界の黒幕に献金していた。
「ふははははは」
男は禁令を豪快に破り捨てて打ち上げパーティーを楽しんでいる。
「まだまだお楽しみいただけますよ」
死神ボルケーノは会食しながら持ち掛けた。
「ほぅ?」
黒幕の眉が動く。
「実はたけしのファーストフード店が出土しましてね」
まるでハンバーガーチェーン店を移設した様な内装に目を見張る。
「これは、本物なのかね?」
「はい。コロナ終息後の見どころになりますよ」
「そうか、ワクチン開発を急がないとな。判っておろうな?」
もちろん、ボルケーノはは首を縦に振る。
「治験者と接種希望者の確保につきましてはお任せください」
「頼んだぞ」
死神はどろんと姿を消すそぶりをして透明なまま人間の狂喜ぶりを愉しんだ。
本当にバカな生き物だ。
ウイルスは魔族の配下にあると言うのに。
ヴォルカニックざまあ~異世界への生きる希望を描く Go To異世界キャンペーンとたけしの運命 水原麻以 @maimizuhara
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