亭主元気で留守がいい?

「あーっ!何かいい離婚ネタは無いかしら」

バッジョは天を仰いだ。ある筈のないステータスウインドウを目を皿のようにして探し回る。雲一つない晴天。当たり前だ。選択メニューだのセーブポイントだのはプレーヤーの特権である。キャラクターは駒に過ぎない。

しかし盤上の存在にも選択肢はある。方向性が限られるが「動き回る自由」は許されている。

「婚約破棄よ。ぜーったい別れてやるんだから。そうよ男は狼なのよ。品行方正真面目一徹と評判の良いリーマボルトにも裏の顔があるはずだわ。人間には息抜きが必要だもの」

暮れなずむ街をさまよい歩いてバッジョは裏路地に入り込んだ。怪しげな酒場や武器商人、古物商に混じって密偵が目立たないように看板を掲げている。

居るのか居ないのかわからない真っ暗な扉をきしませてバッジョは恐る恐る呼びかけた。

「ごめんください」

ぼうっと蝋燭が灯った。「リーマボルトの新しい奥さんだね。待っていたよ」

アーバンは港では名の通った密偵で大型船舶の密航者から海軍戦艦甲板長の浮気話まで地獄耳を研ぎ澄ましている。バッジョの来訪を聞きつけて彼は手ぐすねを引いていた。そして事前に彼女の知りたい内容を洗いざらい調べつくしたらしく茶封筒に分厚い報告書を封入していた。胸元の宝珠数個と引き換えにバッジョはそれを入手した。煌々と魔石が照らす書斎で彼女は目尻を揉みながら一字一句残らず目を通した。そしてふぅっと欠伸をする。

「大山鳴動して世はなべて事も無し…かぁ」

びっしりと細かい字で書きこまれた夫の一挙一動。食事におけるメニューごとの咀嚼回数から他愛のない職場の雑談まで余さず記録されている。アーバンは港町に情報網を張り巡らしているらしい。

「本当に素晴らしい。男の中の男だ。酒も博打も女もやらない。いい旦那さんを見つけたな」

言われてバッジョは書類に顔を埋めた。気分はどす黒い深淵の底。

「最悪…」

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