良妻賢母って何の呪文
「仕事と性別は関係ありません」
言われて母親は屈辱と歓喜を同時に感じた。胸の疼きと寒気と懸念がもたらす片頭痛も。とうとう然るべき時が来たのだ。子供の成長は誰にも停められない。殺人鬼や猛獣以外には。そして何年も前から準備した手順で諭した。
「だからといって女が何でも屋にならなくていいの。馬に跨ったり剣闘士になったり男みたいに重荷を運んだり」
すると娘は意地になった。
「わざわざ女がしちゃいけない?」
「お前はそういう女の子じゃないよ」
ベラは娘のプラチナブロンドを肩まで櫛で漉いた。
「私が大人になってもずっとつきっきりで指図?」
生意気な口にベラはパンを放り込んだ。「ほら、よく噛んでお食べ。お前は父さんが残した家にいて私が育てた麦を頬張ってる。それらは全部神様の恵みだよ」
「でも一から十まで導いてくれない。私にも自分の意志がある!」
ああ言えばこう言う。ベラは母親の特権を振りかざした。
「お前は私から生まれたの」
「私だって頼んでない。肝心なのは神様の贈り物をどう使うかってことよ」
言われてベラはハッと気づいた。自立したい年頃なのだ。それでも三つ子の魂百までという。恩知らずな娘に母親の気持ちを伝えようとした。
「私にとって神様の贈り物はお前よ。いつまでもそばにいてほほ笑んで欲しい」
「だったらお母さんだって娘の将来が気になるでしょ。いい旦那を見つけて子だくさんに恵まれていい環境で育てたい。期待に応えて見せるわ」
取り付く島もない。そこでベラは社会の鉄則でもあり不条理を現実問題としてつきつけた。男尊女卑だ。
「女は”おんな”であることが幸せなの」
「はっ、良妻賢母ってやつ?」
娘は肩をすくめた。「お前は可愛いのにどうしてそんなにひねくれたの?」
嘆く母親をよそに十代半ばの中二病を全開する。
「どうして女であることを武器にしないのかしら。美人なら財産も名誉も自由自在。平々凡々な女なら目立たない事が有利になる」
そこまで聞いてベラは青ざめた。
「
母親の血相を見て娘は言い過ぎに気づいた。「違うの。お母さん、そういう意味じゃ…」
「出ておゆき」
バッジョは物凄い剣幕で屋敷から追い出された。
「ああ、神様。どうすればいいの」
呆然と立ち尽くす娘と窓辺で絶句する母。夜のとばりが二人を閉ざした。
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