オオカミ少年は金になる

「高ぇなあ。一人智が三百那由他なゆたァ?」

イオニア式の石柱が震える。トーガ姿の男は荒ぶる客に反論した。

「千那由他いただいたっていいんですぜ旦那」

言われて小太りが顔をしかめる。

「はぁ? 千だと?」

「はい」

「お前、本気で言ってるのか。千那由他神通力サウザンドなゆたパワーもあったらナイルに文明が生まれるぞ」

「それはそうですが…」

店主は卓上の水晶玉を黙って示した。

一瞥するなりクレーマーは「ぐぬぬ…」と押し黙ってしまう。

「お聞きになりますか?」

頼みもしないのにボリュームがオンになる。


下界の混乱が像を結ぶ。「…統領のメッセー…光の神託が…」

「もう沢山だ!」

太鼓腹の客はその腕っぷしを水晶玉にぶつけた。

チィンと台座が震える。

店主は冷ややかに言った。


「それ九千七百那由他パワーになります。ついでに申し上げますが下界ではご覧の通り魑魅魍魎百鬼夜行が入り乱れておりまして…」

「わかっている。つい興奮してしまった…」

客は背嚢から打ち出の小槌を取り出した。コツコツと揮うと神々しい光が溢れた。

「一那由他ちょうどお預かりします。包みましょうか?」

店主がトーガを揺らして天幕の奥から箱を取り出した。


「いいや、結構だ。荒らしてすまなかったな。俺も追い込まれててな…つい」

巨体を揺らして予定外の買い物を袋に収める。

「皆さんそうおっしゃいますよ。火星は入植が始まったばかりだというのに神神話ラッシュだ」

すると客がぎょっとした。「俺以外にも買い付けに来た奴がいるのか」

「ええ」

「五百年も遡る奴がいるのか」

ウソだろうと顔に書いてある。

「ええ。先日は西暦三千年代からいらっしゃいまして」

「あちゃあ!」

客は両手で顔を覆った。首筋に脂汗がしたたり落ちる。

「おかげさまで仕入れ値が暴騰してましてね。ウチとしちゃあ三百でも赤字でさ」

「西暦二千年代初めごろの人智はボロボロで粗悪で使い物にならない!って天の邪気の野郎が盛大に拡散してたから何かあると睨んだんだが…俺と同じ思考回路の持ち主がそんなにいたとは」

最初の勢いはどこへやら。客はすっかり落ち込んでいる。

「世界をダメにする人智は利用価値が高いって事ですよ。ほら、バカと鋏は使いようとかナントカ」

店主は新鮮な人智を器用にカットする。

「いう程、脆弱でもないのか!」

目の前で泥炭のような知性の塊がパキッパキッと小気味よい音を立てて割れる。

「ポスト真実だのフェイクだの一定数の信頼関係で団結してますからねえ。放っておいても分断を深めるし。魑魅魍魎の類が沸いて世界はちょうどいい具合にカオスでさ」

ギリシャの神は慣れた手つきで人智を小分けした。同じ大きさの小片を詰め合わせる。それらは、情報の共有とか共通認識とか絆とかコミュニティとかメンバーシップとか統一見解とか同じ価値観とかいろいろ呼ばれている。

かき集めて千那由他相当の神通力に換算すれば先述の通りナイル文明が興る。

人間の知恵というものは諸刃の剣だ。数を集めて悪用すればカルト宗教の教祖になれる。もっと多ければ人類を滅亡から救える。神々にとっては暗号資産も同然だ。

「天の邪気の野郎!すっかり騙されたぜ。なーにが西暦二千年代は論外だよ」

布袋は大慌てで西暦三千年代の火星へ戻っていった。開拓史が伝説から神話になりつつある。火星の神様はどれも地球の流用でシルチスだのタルシスだの安易な地名が地球のそれと衝突している。新しい神話が要る。人智の出番だ。

ギリシャ風の神は客の立ち去りを入念にチェックした。


そして誰もいないと見るや本性をあらわした。

「フゥーハハハ! 多神教の神はいい鴨だわい、いずれにしても火星に宗教対立が起こる。時間の問題だ」

天の邪気はひとしきり笑うと人間に化けた。

「この手口はいい。幾らでも稼げる…さて」


真綾のスマホには憧れの大統領から声明が届いた。

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SFショートショート『神々の暗号資産』~トランポリン星からの使者・光の伝道者ミー❤さまによる、闇の情報を暴く! 真実を知りたいあなたに送る、民主主義を救うためのプロパガンダ宣伝戦! 水原麻以 @maimizuhara

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