第3話 雲が出る前に
彼女からLINEが来た。
『民踊サークルに入ったよ。歌う方じゃないよ、踊る方』
思いがけないところに入ったな。まあ、今に始まったことじゃないけど。
『何か踊れる?』
うーん、子供の頃に地元で踊った
前出てチョン、下がってチョン、前出てチョン、だったかな?
歌はかなり印象的だったんだ。だからはっきり覚えてる。
まるで本歌と返歌みたいに、一人が歌うと大勢が返すような歌い方をするんだ。しかも一人が歌ってる時は太鼓の縁を叩いてて、大勢が返す時にドンって太鼓の皮を叩く。だから「返事」って感じに聞こえる。
子供ながらにこの会話しているような歌い方が妙に好きだったんだ。
明けたよ夜が明けた 寺の
鐘打つ坊主や お前のおかげで 夜が明けた
柏崎から
荒浜 荒砂
夕立が来るやら ピッカラ シャッカラ ドガラリンと 音がする
あれ? 柏崎から椎谷まで『会いに』? これってもしかして彼女んとこ行く歌?
寺の坊主が鐘を打つ音で目が覚めた彼氏が、彼女のところに会いに行く。
そう、彼氏はきっと椎谷の人なんだ。柏崎の彼女に会いに行くに違いない。その為に前の晩から準備して、夜明けと同時に家を出るんだ。
柏崎から椎谷までの間に荒浜を通る。荒浜はずっと砂浜で風が吹くと砂が目に入るし、砂地を歩くのはきっと大変だ。
待てよ? 荒浜と悪田は地名なのになんで荒砂が間に入る?
これは砂が飛ばないように、風に「荒らすな」って念じてるのかもしれない。そもそも荒浜は風が荒れる浜からその名がついたって聞いたことがある。ほんとかどうか知らんけど。
そういう事なら「荒浜荒らすな、悪田の渡しが無きゃよかろ」で意味が通じる。
彼氏が椎谷を出発して、ひたすら海岸歩いて、荒浜辺りで風が吹いてくる。目の中に入った砂を取りながら「荒らすなよ~」って文句を言う。
やっと荒浜過ぎたと思ったら、そこにデーンと
そりゃー確かに「無きゃよかろ」だ。
それでもなんとか悪田の渡しで鯖石川を渡るんだ、彼女に会うためなら俺はどんな道だって進んで行くぜ! いや、俺じゃなくてこの歌詞の男だけどな。
ところがここでとどめだ。
米山さんから雲が出た。――これから雨が降るって事だ。しかも「夕立が来るやらピッカラシャッカラドガラリンと音がする」ってもう雷鳴ってるじゃん!
ということは彼が目指すのはまだ先だ。鯖石川渡ってすぐじゃない。柏崎の西寄りの方だ。
あああああ! あるじゃないか、その名も『恋人岬』!
あんなところに彼女が住んでるわけないんだから、きっと彼女を迎えに行って恋人岬でデートの予定だったんだ。うわー、6時間コースじゃん。
なのに彼氏は椎谷からはるばるやって来て、目には砂が入るし、鯖石川は渡らなきゃならんし、嵐には見舞われるし、散々なんだ。
そこまでして会いたい彼女なんだろうな。何それ熱愛じゃん。いいな。
と、その時スマホが着信音を響かせた。LINEしてるのすっかり忘れてた。
『ちょっとー、スルーしないでよー』
「ごめん、明日会える?」
『え? なに急に。どうしたの?』
「どうしても会いたくなった」
米山さんから雲が出る前にね。
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