第2話 彼女の才能
海に沈む夕日なんて一体何年ぶりだろう。ここに住んでいたころは太陽が海に沈むのが当たり前で、それ以外のところに沈むなんて考えたこともなったのに。
東京に出てからは見るものすべてが新鮮で、太陽がビルとビルの谷間に吸い込まれて行ってもまったく気づかなかった。
「見晴らしいいね」
「まだまだ。これからアレに乗るんだよ」
彼女は生まれも育ちも横浜市。夕日が海に沈むなんてことを知らない人種だ。
だけどまだ日没までは時間がある。明るいうちに広い平野と海を見せたかった。
「山に登ってまだ登るの?」
「弥彦に来たらパノラマタワーまで攻めなきゃね」
弥彦山の頂上には回転式の展望台がある。グルグル回りながら昇って行くので日本海も新潟平野も佐渡島も全部独り占めだ。
小さい頃はよく父に連れられて弥彦に登った。登山というよりハイキングという感じ。山頂で十分絶景が楽しめたから、わざわざパノラマタワーに乗るなんて発想がなかった。
でも今日は別だ。
何がなんでもパノラマタワーには乗らなきゃならない。本日のメインディッシュなんだから。
のんびり屋の俺と行動派の彼女。でこぼこコンビだけど、その関係が心地いい。
今日は初めて俺が彼女を連れ回してる。俺の地元ってことで少し気が大きくなってるかもしれない。故郷をいろいろ自慢したいんだ。
展望席が動き始めるや否や、彼女は「おお~」と声を上げた。時間が時間だけに、俺たちの他には老夫婦が一組いるだけ。
「新潟平野広いねー!」
「うん」
「ねえねえ、海岸が見える」
「獅子ヶ鼻の辺りかな。ライオンの鼻先みたいな岩があるんだ」
「あれ! 海の向こうにもなんかある」
「佐渡だよ」
「海岸線がずーっとあっちの端からこっちの端まで見えるよ」
はしゃいでいる彼女が可愛い。こういうストレートなところが好きなんだ。
心の中でニヤニヤしていたら、彼女が急に「ねえ」とこっちを向いた。
「なんで急にここに来ようと思ったの?」
おっと、いきなりそっち行っちゃう? もうちょっと景色を楽しんでからにしようかと思ったんだけど、まあいいか。人生にハプニングはつきものだ。
「あのさー。うちの親父がさ、若い頃に新潟市に住んでてさ」
「うん」
「万代シティつっても知らないよね、まあ、新潟の駅前なんだけどさ。昔そこにレインボータワーっていう、これと同じような回転式の展望台があったんだよね。そこは駅前だから、新潟市内が一望できたんだけどさ」
彼女が「?」って顔してる。まあ、焦らないでよ。話はこれからだ。
「母さんと付き合ってる頃に一緒に乗ったんだって」
「あたしたちみたいだね」
今それの真似してるからなんだけどね。
さっきの老夫婦がニコニコしてこっち見てる。あの人達には俺の考えなんかお見通しなんだろうな。そう思うとちょっと恥ずかしいな。
でも、その為にここまで来たんだ、ここで躊躇するわけにはいかない。
「そんでさ、天辺に来た時に親父が母さんにプロポーズしたんだって」
「えー! いいな、そういうの素敵」
「だろ? そう言うと思った。だからさ、俺も」
彼女の肩越しに、老夫婦が拳を握って小さく振ってる。
見ず知らずの老夫婦の応援を目の端に捉えながら、俺はポケットから小箱を出した。予想外に早く話振られちゃったから、まだ天辺に到着してない。ま、それもいいか。
「えっと、うち、農家だけど、結婚してくれますか?」
俺の唐突なプロポーズに驚いたのか、それともプロポーズの文句に驚いたのか、農家に驚いたのか、とにかく彼女はポカンとしたまま固まってしまった。
それもそうだよな、もうちょっとロマンチックなプロポーズの文句ってもんがある。せっかくシチュエーションにこだわったのに、片手落ちだったかもしれない。むしろこれ両手落ちだよな。
と思ったのも束の間、彼女がスパーンと打ち返してきた。
「農家?」
「え、あ、うん、農家。しかも本家の長男」
これ、最悪なヤツかもしれない。でも言っておかないと詐欺だしな。
老夫婦がアタマ抱えてる。そりゃアタマも抱えるよな。
「いいね!」
え、いいの?
「あたし、農家の嫁になる! 体力だけは自信あるの。あとね、なぜかお年寄りにすっごく可愛がられる才能もある!」
「は? え? ええっ?」
なんだそれ。
笑っちゃうじゃん。
反則だよ。ますます好きになっちゃうじゃん。
降りるとき、例の老夫婦に「お幸せにね」って言われちゃったよ。
なんて返事したらいいかわかんなくてモゴモゴしてたら、彼女が「はい、ありがとうございます! この人が幸せにしてくれます!」って元気よく返事してて。本当にお年寄りに可愛がられる才能あるわって思った。
日本海に沈む夕日を見せたら、早速実家に連れてっちゃおう。
……ちょっと気が早いか?
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