にいがたショートストーリー

如月芳美

第1話 たまにはけえってこいさ

「たまにはけえって来いさ」

 ゴールデンウィークや夏休みが近づくと、必ず言われる。

 うん、わかってる。

 ただ、なんとなくめんどくさい。

 帰ってもすること無いし、暇だし、この無駄な時間を友達と過ごしていた方が楽しいし。

 何をしに帰るのかわかんないんだよね。

 お盆はさ、まだわかるよ。お墓参りしてご先祖様を迎えてさ。でもそれ終わったら何もすること無いじゃん? ほんと暇なんだよ。

 爺ちゃん婆ちゃんはやたらと「これも食え、あれも食え」ってかき餅とか笹団子とか勧めてくるけどさ、そんなに食えないし。食うこと以外に何もないから仕方ないんだけど。

 暇だから散歩しようにも田んぼしかない。ヘビとタヌキに遭遇するくらい。それ以前に夜はカエルがうるさくて眠れない。

 冬なんか雪が降るし、メチャクチャ寒いし。帰るのに靴を選ばないといけない。

 だけど「正月ぐれぇみんなで過ごそうてぇ。親戚みんな集まってってがんね、おめおまえだけ来ねすけこないからおらしょーしいはずかしいてぇ」って言われてしぶしぶ帰る。

 でも、こたつから一歩も出ないでみかん食ってるだけ。まあ、若いし力だけは有り余ってるから、朝一の雪かきくらいはするけどさ。


 あの頃はそんな風に思ってたんだ。あの頃はね。


 それから何年も過ぎて、結婚して、子供ができた。子供もあっという間に大きくなって、俺も頭に白いものが増えた。気づいた時には、息子も大学生になっていた。

「ねえ、父さん。僕一人暮らししてみたいんだよね。一人で生活するスキルを身につけたいんだ」

 寝耳に水というか青天の霹靂というか。コイツがそんなことを言うなんてまったく考えたこともなかった。

「ああ、そうだね。でも大学は家から通えるから、今は金を貯めた方がいいんじゃないかな」

 尤もらしい理屈をつけた。でも本音は違った。

 息子はずっと計画を立てていろいろ考えてきたんだろうが、こっちは心の準備も何もない。こないだまで小学生だったじゃないか。

 そこでやっと考えた。

 息子が一人暮らしを始めたら、いつものように他愛のない話をすることはもう無くなるんだろう。「最近どうだ」「うん、まあそこそこ」みたいな害のない話しかできない。当然だ、普段一緒にいないんだから話すことなんか何もない。

 帰省の度にわざわざ話題を準備しても、会社の話なんか畑違いの親に通じるわけがないし、友人の話なんかもっと通じない。だから話題を探すのも疲れる。

 必死に話題を探して、貴重な休みを帰省の準備に費やして、大荷物と土産を抱えて長距離を移動して、実家に帰っても話題も無く、することも無く、暇疲れして。

 息子もたまに帰省してきても、昔の俺のように「時間の無駄」と思ってしまうのかもしれない。

 そうなった時、俺はこいつをどうやってもてなすのか。やっぱり自分の親がそうだったように笹団子を蒸して「食え」って言うに違いない。


 あと何回、コイツと他愛のない会話ができるんだろう?

 あと何日、コイツと一緒にいられるんだろう?


 あの時の父もこんな気持ちで言ったんだろうか。


 漠然とそんなことを考えていると、息子がさらに付け加えた。

「僕が就職してしばらくしたら、父さん定年になるでしょ? そうしたらお婆ちゃんのところに戻るんだよね?」

「ああ、そうだな。ここにいる意味ないからな」

「じゃあ僕は新潟に帰省することになるんだね」

 墓があるからな、とはさすがに言いにくい。若い子に言ってもなぁ、俺だって墓守とかめんどくさいんだ。

「あんまり行けなかったけど、お婆ちゃんちのお米って凄い美味しいよね。どうなってんだろうね、あれ。ユウガオの味噌汁とか、こっちじゃ食べられないものがいっぱいあってさ」

 そうか。俺にとって珍しくもなんともないものが、コイツにはグルメだったんだ。ユウガオなんかあっち行けばゴロゴロあるのに。

「あとなんだっけ、イタリアンだっけ? あれって何がどうイタリアンなんだかさっぱりわかんないけど無駄に美味しいよね」

「そんなもんいつ食ったかな?」

「福浦八景だっけ? ナントカ流れだっけ? なんか海行った帰り。佐渡が見えたとこ」

 ああ、笹川流れか。

「海、綺麗だよね。星もいっぱい見えるし」

 そういえばそうだよな。なんのかんの言って、いいとこだったよな。

 海も、空も、山も、全てが広大だった。

「まだまだ先だけど、長い休みの度に帰って来いよ。ユウガオの育て方、婆ちゃんから聞いとくから」

「そんな明日にでも定年になるみたいな事言わないでよ、まだあと三年も大学費用かかるんだからさ」

 スマホ片手に自室に戻って行く後姿を眺めながら、俺は一人呟いた。

「今年は帰るかな……婆ちゃんの笹団子食いに」

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