第1話 東京町田にクルマを買いに行くことに

第1話「東京町田にクルマを買いに行くことに」


 というわけで、ウイザードを残して泣く泣く愛車たちに別れを告げたのです。しかしこの狭い町では、ウイザード1台だと何かと不便を感じてしょうがない。短時間でエンジンかけたり切ったりで、自慢のコモンレール式ディーゼルとバッテリーが瀕死の状態です。また、ほとんど市民の善意と献身で成り立っているような交通事情と道路事情ですので、ウイザードの巨体を持てあましてしょうがない。そうこうしているうちに、決定的な事件が起こってしまいました。とりあえずウイザード1台で何とか事足りていたのですが、当時妹が働いていたために、無職で暇なワシが仕方なく妹の子ども(姪とも言う)を保育園に送迎していました。

 ある日の夕方のことです。迎えに行ったその時がたまたま大雨でした。たまたま一緒に乗っていた高齢の父親(おじいちゃん)が、この大雨の中を玄関のところまで歩いて迎えに行くと言い出したので、仕方なく保育園の玄関先にウイザードを寄せることにしました。

 そしたら、その道が思ったよりもずっと狭くて、私の運転技術もたいしたことなくて、曲がりきれずに玄関先で詰まってしまったのです。サイドステップがひん曲がって、タイヤに干渉して動かない。後ろは送迎の車が詰まっていく。雨は大降り。姪は待っているという、トラウマになりそうなほど無茶苦茶な状態になりました。結局、無理やり動かして、ギーギーいいながら何とか連れて帰ったのですが、このクルマではもう二度と保育園に行くまいと思いました。

 そんなこともあって、小さいクルマを買おうと思った次第であります。一度決めたらすぐに行動に移すのが私の良いところです。さっそく車探しの旅が始まりました。あまり恵まれていない人生ですが、この瞬間だけは「生きてて良かった」と思うのです。予算はお金がないので全部込みで三十万円ぐらい。ちょうどぎりぎりの退職金が振り込まれていました。維持費の安い軽自動車にターゲットを絞って市内の中古車屋さん巡りを始めました。

 しかし高い。走行距離7,8万キロは当たり前で、程度の割には高い高い。日本一軽自動車の割合が高い県とはいえ、こんなの買う気にもなりません。ちなみに私、これまで三十台以上も車に乗り継ぎ、収入の八割以上を車に費やしてきた愚か者ですので、これでも結構目が肥えていました。

いっそのこと無理して新車を買うという選択肢も考えたのですが、今回の購入目的は「足」ですので、性格上気軽に乗れません。車庫もなくなったことですし、野ざらし雨ざらしで新車を置いておくこたなんか絶対にできません。

 そしたら、雑誌だ、通販だ、インターネットだ、オークションだと探しまくっていたのですが、長く乗れそうな中古車は高い。社会の授業で習った需要と供給の関係がもろに出ています。また軽自動車って本当に高価です。普通車の方がよっぽど安くていいタマが揃っています。しかし維持費を考えるとやっぱり軽自動車は魅力的です。

 

 そうやって、ねちねちやっているうちに、ふっと覗いたヤフーオークションで、目の覚めるような「タマ」を見つけてしまったのです。運命に導かれるみたいに。それは、スターレットディーゼルでした。

平成七年式、極上車?走行52000km。ディーゼルエンジンにとっちゃあまだまだ新車みたいなものです。しかもフル装備で、パワーウインドウからパワードアロックまでついていて、タイヤも九分山で、カセットステレオまでついていて、車検代込みで諸経費込みで28万円。車検諸費用でだいたい10万円かかるとして、本体は18万円ぐらいかあ。安いなあ。写真を見たら、まあこれが七年落ちですかっていうぐらいに輝いて、程度良さそうです。1500ccノンターボディーゼルエンジン。車重が800kg少々だから、今現在の軽自動車より軽いので、リッター20キロぐらいは走りそうです。

 実はワシは、「ウイザード」を買ってから、ディーゼルエンジンをすっかり見直していまいました。1800kgもある巨体がリッター10キロ以上走るのですから。九州に行ったときなんかリッター15kmですよ。いすゞの誇るコモンレール式ディーゼルですけど、黒煙は皆無に等しいし、パワーはその辺の車よりよっぽどあるし、ちょっとうるさいのが玉に傷ですが、低速トルクもたっぷりでオートマとの相性もバッチリでした。なんと言っても燃料代がかかりません。今までハイオク満タン1万円コースが、軽油満タン5000円です。いやー素晴らしい。この車、もっと売れてもいいと思うのですが、なぜか販売は低迷しておりました。RV車の中では、ダントツにかっこいいと思うんですけどねえ。後に日産に引き抜かれた中村史郎さんデザインでした。

 今だったら絶対に手を出さないと思いますが、人間、暇があると色々と変なことばかり考えるのだなあと、この原稿を読み返しながら、しみじみ思います。しかし、このスターレットは、なぜかピンと来てしまって購入に踏み切ってしまったのでした。代金振り込み28万円なんてあるはずもなく・・・。ところがなぜか貯金が30万円くらい残っていて(これはこれからの生活費で大切なお金だったのですが)まあ何とかなるだろうと、いつもの調子で振り込んでしまいましたからさあ大変です。本当に無一文に近い状態になってしまいました。当時、どうやって暮らしていたのか不思議ですが、何とかなっていたようです。お金のないことが当たり前になってしまっていたので、あまり不自由は感じなかったような気がします。

 さあ、それからが大変です。このスターレットディーゼルのことが気になってしょういがない。軽自動車のことなんかすっかり忘れて、毎日オークションのそのページを見ていました。しかし、車を買うときの大原則は「死んでも現物を見ること」です。現物を見ないで買うなんて自殺行為です。どんな死に損ないを掴まされるのか、ワシの運と業者の良心にかかっています。「この車を見に行きたい。」でも東京都町田市という遠い遠いところです。どこにあるんかも知りません。

 ワシは少しでも情報を集めるために地味な努力を重ねました。早速メールで問い合わせをしてみました。それからヤフーオークションの「評価」を探ってみました。メールの問い合わせには、すぐさまとても丁寧な返事が返ってきて、良心的だなあと思いました。一方「評価」では「非常に良い」ばかりです。その内容も、車を買った方々から、評価ばかりか感謝のお礼までたくさん届いています。つまり業者としてとても信頼できるということです。何せこの業界はピンからキリまで色々あって、たぶんおそらくこういう良心的な業者はとても少ないというというか、ほぼないという偏見を持っていました。ワシは以前、大阪の某会社から、見もしないで通販で車を買ってひどい目にあったことがありました。とても臭いクルマでした。苦情を言っても「ノークレームです。」と言い張るばかりで、さすが商売上手の大阪人じゃなあと妙に感心した憶えがありました。

 というわけで、なんかこのスターレットは買っても大丈夫(のような気がして)、しかも程度も良さそう(なような気がして)、今度は東京人だから大丈夫(だろうと思って)、まあ落札できないだろうなあ(と思って)思わず入札ボタンを押してしまったのでした。

 ところが、なしてか知りませんが、次の日、このワシが落札してしまったのでした。それからとんとん拍子に話がまとまって、行ったこともない大都会の東京町田市というところにスターレットを買いに(取りに)いくはめになってしまったのでした。

 まあ、無職で時間だけはたっぷりあったので、ちょっと行ってくるかという感覚で旅支度を始めました。なんか行く前からワクワクするなあ。なんかええことがありそうだし。それから東京から車を運転したことないし。東名高速に乗れば何とかなるでしょ。実際。ついでに松江にしかない陸運事務所に寄って名義変更して帰ろう。そうしよう。じゃあ車庫証明を取らんといけんからさっそく始めよう。そうしよう。

そうこうしているうちにあっという間に出発の日になりました。

 忘れもしない平成14年4月13日のことでした。



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