だから今夜はわがままを言わせて

不思議なイタリアンレストラン「タベルナ・ベント」 風の食堂は気まぐれで風まかせ。定番料理もコースメニューもない。 そもそも食事とはただひたすら流れる空気のようなもの。しゃちほこばってテーブルに向かうものではない。 束縛を嫌うオーナーのこだわりで風のように自由だ。季節の食材を活かしたサイドメニューとメインディッシュ、オードブルを組み合わせ、客の嗜好を満足させるよう柔軟に対応する。 男性連れが次に頼んだのはスタミナ食だ。 漏れている会話によると二人は仕事場にとらわれないノマドワーカーらしく、足を運べばいつでも予約を入れてくれるという。だが、そのままでは気まぐれな印象だ。


彼らはこの土地の人間ではないが、少しなにかの事情があってこの土地に滞在している。そしてその事情や事情には気をつける必要があるというので、食事は決まって同じメニューになる。

「何かお勧めはないのよねえ」

「何かお勧めはないのですか?」

いつものような会話は、聞き飽きるほど続いている。

そこで彼らの胃袋をがっちりつかむべくオーナーシェフはワインをすすめた。飲食店は粗利の高いアルコールで儲けるののだ。おいしい料理を提供しようとすれば食材の原価率がどうしても高くなる。そこで酒をじゃんじゃん飲ませて食欲を煽る作戦だ。気紛れを気取る人間ほど定番を食べがちだ。それなら酒の肴をお代わりさせよう。


「赤みが少なくて味がしっかりした肉はフルボディが最適。 カベルネ・ソーヴィニョンやシラーなどはロース肉と相性がいい」シェフは単価の高い一品料理をどんどん勧める

。彼らはお目当てが来ると嬉しそうに飲み干す。


「赤ワインは酸味が強くて渋みが強くて飲み手によって味も全然ちがう。 ただ、その中にもお肉が食べたくなるというほどの味がないということはないんです。 食通ならわかるでしょう」


味わいなら知ってるが、この店のようなこだわり料理が食べられると嬉しいようだ。シェフは気まぐれに、赤いボトルのワインを持っていく。極上の品種だ。それを飲むと心から爽快になるのだ。

種類も多い。中でも一押しはカンパリだ。これは、味よりも香りを感じられた。香りで気を紛らわせることはできるが、同じワインでもブドウから出る香りを楽しむものだ、そんな感覚が薄い人のためにカンパリは「シャンパン」と呼ばれている。

そこに、共通の薫りを感じるのだ。


「赤ワインは濃い目が良いものが多いんです。普通のワインと違って料理全体で味を出したいときは、まずお酒を少なめにする。しかし、当店では赤ワインのおいしさを存分に楽しめるようにお肉をたっぷり使います」


オーナーのこだわりが強すぎておすすめは赤ワイン以外に選択肢がない。もし、他の赤ワインが好きでも言いづらい。私が苦々しく思っていた。それを伝えてもオーナーシェフの表情は何を考えているかわかりません。でも、これだけは言っておかなければならない。赤ワインを全く飲まないし、お店の看板メニューにも赤ワインは入っていないということを。

「赤ワイン以外の何か飲ませてください」


私が言うと、オーナーシェフは黙って注いだ。

「赤ワイン以外で良いものがあれば僕がとっくにレコメンドしてます(もし、お前だったらこんな時はどうするか)」

オーナーシェフの物言いに、私はなぜか少しだけ悲しかった。私が何を言おうとオーナーシェフが口を開くと、真剣な顔で言う。

「君の言うことに間違いはないと思いますよ、僕はそういう人間ではありません」

オーナーシェフのその言葉で私はまた涙がこみあげてきて、泣き声が出そうになって、でもぐっと堪えた。

「僕は僕、君は君だ。この勢いじゃ君は将来、僕が死んだら何するかわかったものじゃない」

「ごめんなさい。少し言い過ぎたわ」

「謝るのはお互い様だから」

「でも、私はあなたと違ってあなたのいいなりにはならないし、あなたにそうする権利もない」

私はそれから泣きながらも、オーナーシェフに言いました。

「私は、あなたが好きでできる限り近づこうとした。でも私はあなたが制御しようとする気持ちがわかりません、どうせこの気持ちをぶつけたくても、言っても変わらないでしょう。それに」


私は、彼と直接関係を持ったことがないため、本心がわからないまま、いろいろと言ってきた。

「貴方に近づけば近づくほど貴方の自己愛は深くなる。どんな気持ちだったのかはわかりませんが、あなたの言うことに間違いはありません!」

そして私は涙を流しながら言いました。


「だから、今夜はあえてわがままを言わせて。白ワインが欲しいの」








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タベルナ・ベント~饗艶のグルメ 水原麻以 @maimizuhara

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