ディレクターズカット

「番宣入りまーす」

進行係が穴埋番組フィラーを送信して後続の編成を調整する。機器の故障や不測の事態に備えてあらかじめストックしてある。苦渋の決断で終了時間を繰り上げた。理由はゲスト出演者だ。論理飛躍や事実誤認があまりに酷いので放送継続を断念せざるを得ない。似たような事例は2020年の某国大統領選でもあった。支離滅裂な討論会を局側の判断で一方的に打ち切った。その轍をネット配信大手ヘリックス・フェリックス社も踏んでしまった。

「こんなこともあろうかと、が本当になるとは」

ディレクターの田中は失笑した。地上波に比べて放送倫理の緩い媒体は問題人物と親和性が高い。破天荒な番組は視聴率を稼げるがリスク管理が大変だ。ここで彼は多様性の担保を逆手にとった。暴言者は表現の自由を人質にとりたがる。対抗措置として扱う話題を無限遠に拡大した。CM明けには激渋グルメの食レポが控えている。

件の医者は特集向けの追加収録があると勝手に思っているらしく弁舌を振るっている。

セットが撤収できない。大道具係から苦情が来た。別番組の時間が迫っている。面白いから黙るまで放置しろと田中は裁量した。

「面白いから『起きる』まで寝言を唸らせとけ」

彼は各部署からの反対を強引に押し切った。スポンサーの御意向がないからこそできる強みだ。

ヘリックス・フェリックス社精神科医の鹿山馬之助しかやまうまのすけを特別料金でライブ配信した。

すると、さらに、女性の権利や性的指向に対して批判が殺到した。

「男性の価値が低下しつつある。女性も性的指向によって自意識を保てず、差別や迫害にかなった。これは全くない。本当に悲しく思います」

鹿之助が嘆くといいね!の桁数が増える。田中Dはほくそ笑んだ。炎上が燎原の火のごとく広がる頃には類焼を面白がる視聴者からの苦情が届き始めた。食レポなんかどうでもいい。メシウマが不味くなる、と。

「いいぞもっとやれ」

局の公式アカウントも派手に燃え始めた。

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