特別暴風警報
ハリケーンは勝負に出た。
なんと自分の全作品を一挙掲載したのだ。自主規制した小説も復活させた。そしてコメント欄を解放し放置した。たちまち炎上した。見かねたナポリタン運営が介入したらしくところどころ歯抜けになっている。激しい言い争いに負けて退会した人気作家もいるようだ。経緯が過去ログつきで拡散している。そんな中でも積極的な創作論が交わされている。
「正直、災害呼ばわりされて殺意すらわいた。そこで君にあの言葉の責任を取らせる意味で実証実験してみた」
その話を聞いてみると美幸は思う。この人は波乱を呼吸しないと生きていけないのか。削除ボタンと送信ボタンの間を指が往復した末に一行だけ返信した。ぷうっと吹き出しが膨らむ。
「動機は理解できるけど方法は支持できない」
確かに美幸にも言い過ぎたところはあった。うずまく感想から建設的な意見も出ている。実際、創作論を戦わせている読者もいる。だからといって炎上を仕掛けるなんて限度を超えてる。
「俺はこの社会で生き残るためには仕方ないことをしているんだ。社会を変えたくない。そう思う。でもそれも一つの逃げであることに気づく」
美幸は自分の作家としての意識を持ち出した。
「私とは真逆の軸足ね」
「自分がこれからどうするか、どうするかは君の自由だ。だがそうは思えない。ここは俺の話に乗ってくれないか。君の個人的な考えを聞かせてくれないか」
「貴方が崇めているのは台風の目じゃなくて北極星よ。天動説を信じる船乗りはオカで生きていけないわよ」
美幸のこういう発言には、人の神経を逆なでするようだった。
「自分が作家として生き残ることを認め、それで自分が作家じゃないということに気づくことはないだろうか。たとえ作家でないなどと言われようと、作品はそれでも素晴らしい。誇れると思う作品を生み出すためには努力しなければならない」
彼は作品を洗濯機の槽に浮く洗剤の泡にたとえた。感想とはとりとめのないものだ。しかしながら頑として中心にある。そして作者も読者も作品を公転する関係だ。人として揉まれ、垢を洗い落としてこそ真の作家になれるのではないか。
確かに美幸もそう思う。
自分のための小説が多い。
「でも修業は一人でもできるわ」
美幸は少し考えてLINEの続きを打った。そこまで言うんなら背中を押して突き落としてやろう。
「作家なら誰でも自分のためのストーリーを書ける。語るだけじゃダメなだわ。誰かのための努力を惜しまないと」
美幸は作家である以上に、作家でない人間のほうがもっと素晴らしい作家にならなければならないと思った。
返事が途絶えて数週間後。LINEが来た。
そんな美幸の想いが通じたのか、ハリケーン氏は頭を悩ませ、苦しみ考え抜いた。
いきなり旅行鞄のスタンプが届いた。どういう意味だろう。
「作家である以上、自分にとって何がベストなのか見極めなければ、他の作家さんを助けてあげることすら叶わない。そういうことを言いたくてね」
「私は君の言うことがよくわかるよ。でも君が作家としては、何がベストなのかを知っている訳ではない、ということだ。君は自分が作家で、誰かのための努力を惜しまないといいなら俺にも協力してくれると思う。作家なのだから自分のことを考えてもらいたい、そういうことだ」
「俺についてこいというの?」
「君が作家なら、俺はどんな人間でも受け入れる」
俺を受け入れるのか。美幸は心の中で訊いた。
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