コップの中の嵐

感想欄の件で美幸はハリケーンを呼び出した。


「…それでは二次創作を許さないサイトは腐っている」という批判で終わらなかったのは、「既成事実だから許すしかない」をどこまで受け入れられるか、という「自論」だった。

自論を振りかざしてはっきりと指摘されると激しい衝撃だった。

「この文章はひどい間違いだ、二次創作だぞ、生理的に受け付けない。何よこれ、わざわざ出動してくる警察が理解できないわ」

美幸は荒らされた画面を見せた。

「私は正しいことをしている」と開き直る行為が気に入らないのか、ハリケーンは美幸を明確に否定する。

「指摘警察なりの正義がある。やりあうだけ無駄だ。折れるしかない」


これはハリケーンの自論だ。

「正しいことしている、この文章はお前に許されていない、と教え続けることは可能なのだろうか」


批判されてもなお、ハリケーンは自身を擁護しただろう。


相手も暇人ではない。わざわざ時間を割いて問題点を指摘してくれる。粗探しとむげに切り捨ててよいのか。開き直りこそが無責任だ。しれっと修正してやればよいのだ。削除しろというからにはよほどの駄作なのだろう。素直に出直せばよい。これが俺の正しさだと頑なになった。


ハリケーンが美幸に教えた「正しい」という言葉に偽りがあると美幸は主張したからだ。

しかしこの発言がハリケーンを揺さぶることにはなっていなかった。美幸の発言が「正しい」である限り、ハリケーンの立場は絶対的な正当であり、擁護されるべき言葉であったからだ。しかもハリケーンは「私は正しいことをしている。批判されるべきはお前なのだ」と反論して美幸に抗議した。


美幸の主張を退けて「間違えている」「私は正しい」と言い続けたハリケーンだが、美幸の反論を受けたあと、今度は「しかし逆も真なり」などと言ってハリケーンの側から彼女を擁護しようとすることに驚きを隠せない。


「ハリケーンが正しいなどと思わないで下さい。なぜなら俺は美しいといったかもしれないし、そう言われたとしてもお心が動かされるのは自分のほうだからです」

「訳が分からないわ」


「つまり美学の問題ですよ。作品自身のもつ高貴は誰にも否定できない。それに対して穢れを感じる純朴さもまた否定できない。正直な感性こそ美しい」

「批判を受け入れるも反発するも個人の自由で、俺にいちいち突っかかってくるあたしこそ無粋だっていうの?」

「そうです。貴女の作品も俺の小説も存在していること自体が美しい。しかし、生殺与奪の権は我にあり、です。処分に干渉する行為は美しくない」

何んという詭弁だ。

「あなたは自分を正当化せず、自分を正当化しようとする。これは矛盾しますよ。卑怯よ。美しくないわ」


ハリケーンの反論において、美幸は反論した。

「美しくない、ですか……」


ハリケーンの反論に衝撃を受けた美幸だが、彼は怒るわけではなく冷静に「美しいと言ってほしかった」と言い続ける。

「なんだかんだ言って批判に負けて筆を折る。自己正当を美化してるだけだわ。あたしは荒みたくない」


ハリケーンの反論に対する反論ではなく、自分自身に言い聞かせるような美幸の返答は自身に満ち溢れ、輝いていた。

それにハリケーンが反応した。


「何を言っているのですか……」


「美幸さんは俺に反論しても何も言わないから、何か問題があると言い募っていると思うんです。でも俺は自分の問題について美幸さんに言うべきことがあるんだと思います」


「ハリケーンさん、私は貴方を糾弾しているのではありませんよ」


「判っている。どうして俺がハリケーンのハンドルネームを名乗るかわかるか。荒れ狂う暴風はピュアな中心を持っている」

「台風の目のこと」

「ああ、彼にもし自我があれば俺の価値観や正義が理解できるはずだよ。もっとかみ砕いて言おう。俺の作品が目で暴風域は読者と俺自身だ。小説家ならわかるだろ」

「でも嵐は人を巻き込むわ。被害も出る。それって美しいことかしら」

ハリケーンは反論しないらしい。

後日、LINEが来た。


暴風はマイウェイを進む さんより

「自分が正しいと思うことだけを追求する権利は自分に任せてほしい」

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