幕間:騎士物語(ヘルムート視点)

「……オリヴァー、さま」


 目の前でドアを閉められ、追いすがる俺の手は宙を切った。

 気持ちの持って行き所を失ってその場に座り込む。


「ちが……ちがう……ちがうんです」


 説明したいのに、口はうまく動かない。

 戦功を求める気持ちは確かにあった。

 実績をあげて地位を確保するチャンスがあるのは、王子の素性がまだ明らかになっていない、今だけだ。

 人の生き死にが交錯する戦場ならば、万に一つ、逆転の可能性がある。

 しかしそれは俺だけの話じゃない。

 オリヴァーにだって必要なことだ。

 今この瞬間、オリヴァーの正体が明かされたらどうなるだろう。

 何の実績のない王子は、ただ血統を偽っただけの罪人だ。利用価値のない路傍の石として処分されるだろう。

 しかし、戦場で大きな功績をあげた英雄であればどうだ?

 彼の命を惜しむ者が出るのではないか。

 生き残る余地が残るのではないか。


「俺が目指していたのは……誰かの騎士じゃない、あなたの騎士だ」


 騎士は生まれた時からのあこがれだった。

 姫君を守り悪しき竜と戦う騎士物語を読んでは、英雄を夢見た。

 仕えた相手は姫君ではなく王子だったが、それはそれでよかった。

 民の上に立つ王のそばに控える騎士の姿は、俺の目標だった。

 ただ主君に仕えていられればそれでよかったのに。

 なぜこうなってしまったんだろう。

 どこで道を間違ってしまったんだろう。


「結局さ、彼は器じゃなかったんだよ」


 優しい声が耳に響いた。


「君という剣を使うに値しない」

「それは……」


 顔をあげたら、『友達』と目があった。

 彼は闇色の瞳を細めてにっこりと笑う。


「優れた剣には、優れた使い手がいなくちゃ」


 一言ごとに、彼の言葉が優しくしみ込んでくる。

 ああ、そうだったのか。

 間違えたのは、そこだったのか。


「君がいるべき場所はここじゃない」


 象牙の肌の手が、そっと俺の手に重なった。


「君にふさわしい主は別にいる」


 手をひきあげられる。

 行くべき場所があると思ったら、すんなり立ち上がることができた。

 友達は漆黒の瞳をいっそう細めて、うれしそうに笑った。

 俺もつられて笑う。

 なんだ、こんな簡単なことだったのか。


「さあ」


 手を引かれた。

 俺は王子の部屋の扉に背を向ける。


「君のためのお姫様を探しに行こう」

「うん……」


 外へとつながる扉に手をかけたら、ドアノブがいつもより軽く回転した。

 まるで、決断を祝福するように。

 俺は、新たな道へと踏み出した。


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書籍版もよろしくお願いします!


ヘルムートサイドまで一気に読んでもらいたかったので、今日は2話更新となりました!

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