幕間:からっぽ王子(オリヴァー視点)

「王子、ハルバード侯の出陣が決まったそうですよ」


 ヘルムートに声をかけられて、俺は読んでいた本から顔をあげた。


「聞いている。出陣式には俺も列席するよう、宰相から指示を受けているからな」


 王立学園が閉鎖されてから一か月、王宮の自室に閉じ込められるようにして過ごしてきた。見送りでもなんでも、外に出て側近以外と話せるのはありがたい。

 俺のうれしそうな様子を見たヘルムートは、不満そうにフンと鼻から息を吐きだした。


「それでいいんですか、王子」

「第一師団長であるハルバード侯は、王国軍を率いて魔の森の侵入者を討伐するんだ。国家の威信を託す者を、王族が見送るのは当然の話だろう」

「そうではなくて!」


 望む答えを得られなかったヘルムートは、声を荒げた。


「ハーティアの国土が脅かされているんですよ。王子のあなた自身が討って出ないでどうするんですか」

「最強騎士が指揮するのに、俺の出る幕なんかないだろう。初陣も経験していない子供がついていっても、足手まといになるだけだ」

「だからって……王都にいて、どうやって初陣に出るんです」


 ヘルムートはいらいらと爪を噛んだ。

 このしぐさは最近始まったクセだ。


「王宮に閉じこもっていたら、ずっと子供のままじゃないですか」

「戦を経験していないのは、父も同じだ」

「それであの方が今、何と呼ばれていると思うんです」


 側近の不敬な発言を、俺は聞き流した。

 この部屋に他に誰もいなくてよかった。もし誰かの耳に入っていたら、ヘルムートを罰しなくてはならなかっただろう。


「有事の対応を宰相家にまかせきりの王室は、権威が落ちつつあります。今ここで戦功をあげなければ、ますます……」

「戦功が必要なのは、ヘルムート、君だろう?」

「ち、ちが……っ! 俺はあなたのためを思って」

「とりつくろわなくていい」


 俺は首を振った。


「理由はわからないが、俺はどうやら王家の血を引いていなかったらしい。継承の儀を行えないから、遠からず失脚することになるだろう」

「……」


 ぐ、とヘルムートが唇を噛む。


「そんな俺のそばにいては、お前も道連れになる。その前に、戦で大きな功績をあげて、別の主に仕えたい……そうだろう?」


 ヘルムートは生粋の騎士だ。

 武力以外に己の身を立てる術を持たない。

 偽王子の側近という立場から一発逆転を狙うなら、戦場に出て活躍するほかないだろう。


「だが……」


 こんな血気にはやった余裕のない子供を戦場に出して、功績をあげられるとは思えない。単身で敵陣に飛び込んで、袋叩きにあう未来しか見えなかった。

 資格を持たない自分の人生に彼を巻き込んでしまったことは、申し訳ないと思う。見放されてもしょうがない。だからといって、死地へ向かおうとする幼馴染を、そのまま見送ることもできなかった。


「側近を辞めたいのなら、しかるべき部署に異動させよう」

「待ってください。俺が望んでるのは、そんなことじゃ……!」

「安心しろ。従者の仕事を放りだした、なんて誰にも言わせない。お前の経歴に傷をつけず、穏便に離れられる理由をつけてやるから」

「そうじゃ……なくて……!」

「少し休む。お前も休憩してくれ」


 側近の有様が見ていられなくなって、俺は踵を返した。寝室に逃げ込んで扉を閉める。物理的な壁に隔たれて、やっと大きく息をつくことができた。


「悪いな……」


 何も持たない俺には、手を離してやることしかできない。


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本日は2話同時公開になります。

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