影宰相

 私がきょとんとした顔をしたら、ヴァンもつられてきょとんとした顔になった。


「お前そっちの話も知らねえのか……って、連絡とれてないんだったか」

「状況が状況だからね」


 フランに通話していいならとっくにやってる。

 でも、めちゃくちゃ忙しい相手に、構ってくれなんて子供みたいな駄々をこねて、負担をかけたくない。


「さっきまでの話で、不自然に思うところなかったか? 東の国境はともかく、どうして西国の侵攻に気づけたのか、とか。各地の化け物の出現状況をどうやって把握してるのか、とか」

「言われてみれば……ダルムールの兵が集まっているのは魔の森を越えた先ですわよね?」


広大な樹海を越えて敵を察知するなんて、どんなに高い物見やぐらを作っても無理だ。


「手品の種は、やっぱりコレかしら」


 私はテーブルの上に置かれたスマホを見た。


「神の目は、ハーティアの国土以外も見ることができるんですの?」

「むしろそっちが本来の仕事よ」


 監視衛星は雲よりはるかに高い空の上から地表を観測できる。大量の物資とともに移動する人間の集団を見つけるなんて朝飯前だ。城壁の死角に隠された伏兵も、通常の進軍ルート外から近づく隠密兵も全部丸見えである。


「モンスターのサイズにもよるけど、巨大な化け物の発見にも使えるんじゃないかしら」

「あと、国内の兵の配備状況と、進軍速度の把握な。どこに何があって何が動かせるか、全部わかるってのは大きな強みだぜ」

「これだけ国内外でトラブルが起きてるのに、破綻なく国が動かせてるのは、宰相家が適切に指示を出してるからだ」

「まさに、情報革命ね……」

「で、その革命の立役者だって言われているのが、息子のフランドールだ」

「珍しいわね。フランが自分の名前を表に出すなんて」


 私は首をかしげた。

 フランは根っからの黒幕キャラだ。生まれたときから姉を立てるよう躾られた彼は、常に一歩下がって裏方に徹する。それは家を出てからも同じで、私を領主代理に仕立て上げたあとは、派手な少女の後ろで暗躍していた。


「それは、方便っつーか、説得力のためだろうな」


 またよくわからない理由が飛び出してきた。


「宰相閣下は長年王室に仕えてきたし、マリアンヌさんも何年か前から王宮に出仕してるでしょ? だから良くも悪くも周りが実力を把握してるんだよ。そんな状況である日突然、ありえないレベルでさらに有能になったら?」

「何があったんだ、ってみんな疑問に思うわね」

「でも、その理由は明かせない。さらに疑問は加速するだろうなあ」

「主の隠し事は、部下の忠誠を鈍らせる……」


人心操作が得意な邪神にとって、格好の獲物だ。


「そこで、フランドールだ。あいつは、王立学園を卒業して以来、王宮に出入りしてねえからな。せいぜい、シュゼットの世話役として学園に顔を出していた程度だ。そんな奴が『来たる予言の日のために、各国の動向に目を光らせていた。さらに、古文書を研究して化け物退治の方法も調べていた』って言い出したら?」

「まあ……宰相閣下が言い出すよりは……違和感はない、かな?」


 それでもかなり盛ってる気がするけど。


「単純に屋敷にこもってた宰相家の息子、ってだけなら信じられなかっただろうが、あいつには『ハルバード復活の奇跡』っつー実績がある」

「たった十一歳の女の子を領主代理にすえて、大侯爵家を立て直した男なら、やりかねない。そういうシナリオね」

「あんまり優秀だからって、裏で『影宰相』って呼ばれてるらしいぜ」

「かげさいしょう?!」


 なんだよその中二病ネーム。

 めちゃくちゃ似合うけど。


「とはいえ……あいつを知ってる俺たちとしては、それでも今の有能さが信じられねえんだけどな」

「リリィからジェイドを借りてるなら、魔法関係の仕事はある程度任せられるけど、それでも処理しなくちゃいけない情報が多すぎるよね」

「あいつの頭の中どうなってんだろうな?」

「それは、新しいデバイスのおかげかも」


 私はポケットから新兵器を取り出した。



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