スマートグラス
「なんだこれ、レンズ……いや、眼鏡か」
私がテーブルの上に出したのは、視力矯正に使われる装具、いわゆる眼鏡だ。レンズの加工どころか、曇りのないガラスを作ること自体が難しい、この世界ではかなりの高級品だ。
「コレで何ができるかは、かけてみればわかるわ。もちお、ヴァンとケヴィンに一時的な利用権限を与えて」
『かしこまりました』
「もちおが出てくるっつーことは、これも女神のアイテムなんだな」
ヴァンはおそるおそる眼鏡をかける。
そして次の瞬間、大きく目を見開いた。
「おぉ?! なんだこれ、すげえな!」
「ヴァン?」
「ケヴィンもかけてみろよ! おもしろいから!」
ヴァンはいそいそとケヴィンに眼鏡を手渡した。受け取ったケヴィンも、眼鏡をかけたとたん大きな目をいっぱいに見開いて呆然とする。
「なにこれ……ええ? この絵は……浮かんでるんじゃなくて、眼鏡に、映ってる?」
「……リリィ?」
シュゼットが恐々私に声をかけてきた。その青緑の瞳は不審そうに揺れている。
「スマートグラス、っていうアイテムよ。眼鏡をかけると目の前の景色に、もちおが作り出した映像が重ねて表示されるの」
「この絵はすぐ目の前にしか出せねえの? 歩く時とか邪魔そうなんだけどよ」
ケヴィンから眼鏡を取り返したヴァンが、もう一度かけなおしながらたずねてくる。その目は好奇心にキラキラと輝いていた。
「画面の端をつまむジェスチャーをして、横にひっぱってみて。その通りに移動するから」
「お……こうか? おおお、動かせた動かせた!」
「さらに、画面の上で指を広げる動作をすると拡大縮小もできるわよ」
「こうして……おっ、こうやって画面を増やして……ほうほうほう……」
すっかりスマートグラスが気に入ったらしい。
新しいおもちゃを手にした子供のように、画面を弄り回して遊び始めた。
「その眼鏡は、単純に情報が表示されるだけじゃないの。同じように眼鏡をかけている者同士で、同時に操作したり情報を共有することもできるわ」
「なるほど、コレを使ってフランさんとジェイドで共同作業をしてるんだね」
「この離宮に移ってきてすぐ、だったかな? フランに『スマホは画面が小さすぎて、一度に処理できる情報が少なすぎる』って相談されたのよ」
私はテーブルの上に置きっぱなしになっていたスマホを取り上げる。
コレは確かに便利な道具だけど、個人の通信用アイテムだ。国家規模の軍事作戦みたいな大規模情報処理には向いていない。
「最初はモニターとキーボードを用意しようと思ったんだけど、それだと目立つし持ち歩きづらいでしょ?」
「うーん、モニターもキーボードもわからない俺にそう言われても、何て言っていいかわからないかな」
ケヴィンが苦笑する。
そりゃそうだ。
「そこで、もちおと相談して用意したのが、スマートグラスよ。これならただ眼鏡をかけてるだけにしか見えないからね。眼鏡に何が表示されてるかも、ちょっと横から覗き込んだだけじゃわからないし」
「これなら、際限なく画面が増やせるから、情報を並行処理しやすいな……」
ヴァンは何もない空中を指先で次々になぞっていく。画面を増やして遊んでいるのだろう。
スマートグラスは、使用者の指先の動きを読み取って入力を受け付けている。ファンタジー世界だからか、傍目には眼鏡をかけた人間が、怪しい魔法の実験をしているようにしか見えなかった。
それを見て、彼の婚約者が珍しくあきれのため息をつく。
「そんなものをつけて、よく平気でいられるな……」
「え? めちゃくちゃおもしろいぞ? お前もかけてみろって」
「ソレだけは絶対断る」
さらに珍しいことに、彼女はヴァンの誘いをきっぱり断った。
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