国内治安事情

「確かに、クレイモアもランスも動かせない、となったらお父様が出るのが妥当ね。第一師団長としてハーティア国直属の騎士を動かしやすいし」

「南部諸侯からの支援も受けられるしな」

「東にはクレイモア伯、北西はランス伯、南西にお父様がいるなら……国境はひととおり守られてる、って考えて大丈夫かしら」

「今のところはな」

「何よ、その不安になる評価は」


 私のつっこみに、ヴァンは肩をすくめる。


「国の危機はこれだけじゃねえからな」

「まだあるの?!」

「残念ながらね……」


 ケヴィンがあいまいな顔で笑った。


「モーニングスター領にいるおばあ様から、おかしな知らせを受けたんだ。北東の霊峰のふもとで、狼を連れた女の幽霊が出たって。その女は腰から下が獣で、頭にいくつもの仮面をかぶっていたって」

「……なにそれ」


 その特徴には聞き覚えが、いや、見覚えがあった。


「まるっきり、スキュラじゃない」

「それだけじゃねえぜ。東部では人間の顔をした獅子が出たって噂になってる。血を抜かれて、カラカラに干からびた死体が出たってのは西部の話だったかな」

「マンティコアに……ヴァンパイア」

「人を石に変える巨大な鳥の噂も出回ってるよ。どうやら王国各地に、建国神話の化け物が出現しているみたいだ」

「なるほど……それも女神の予言通りってわけね」


 ゲームでは邪神の封印が破壊されると同時に、各地でモンスターが出現する設定になっていた。封印破壊の後に起きることをストレートに予言していたんだろう。


「各領に所属する騎士たちが、それぞれ化け物退治にあたってる。しかし、ただ賊を倒すのとは勝手が違うからな、相当てこずってるって話だ」

「全国から王国に支援要請がきてるけど、王都が地震被害にあった上に、東にも西にも敵がいる状態でしょ?」

「国に地方を助ける余裕はないでしょうね……」

「逆に、国境で何かあっても国内から兵を補充できないんじゃないか?」


 中央も地方も、目の前のことで手一杯。

 問題が起きすぎていて、誰もお互いのことを助けられない状態だ。

 これは、やばい。

かなりやばい。


「偶然にしては、できすぎていませんか?」


 シュゼットが不安そうに私たちを見る。

 私はいつものように大丈夫だよ、とは言ってあげられなかった。


「もちろん偶然じゃない。東西同時侵略も、化け物の出現も、全部ユラが裏で糸を引いてる」

「ユラが……え? しかし、戦争の計略はともかく、化け物の出現なんてどうやって」

「彼ならできるのよ。伝説に記された邪神の化身だから」

「まさか、そんなことが」


 私たちが無言でいる間に、すうっとシュゼットの顔から血の気がひいていく。


「……以前、フランドール様に言われたことがあるのです。ハーティアでは建国神話を事実として扱うようにと。……もしかして、『そう』なんですの?」


 私はうなずく。


「建国神話は本当に起きた事件で、これから起きる厄災の予言なの」


 シュゼットは青ざめた顔で黙りこくっている。

 状況が非現実的すぎて、どう答えていいかわからないんだろう。

 でも事実は事実。

 目の前に突き付けられたそれを受け入れるしかない。


「あいつが邪神の封印を壊してから、まだたった一か月だぜ? それでここまで国を追い詰めるとか、手際よすぎんだろ」


 実はこれでも全然マシなほうなんだけどね。

 ゲームでは東部国境を守るクレイモア騎士団は跡取りが女子であることが発覚して弱体化してたし、王国騎士団は汚職騎士マクガイアのせいでやっぱり弱体化。そもそも宰相閣下とマリィお姉様が何年も前に死んでいる。

 ユラの仕掛けた罠が全部成功していたら、兵が東西から侵入してきた時点で国が滅んでいただろう。


「今ハーティアがまだ国を維持できてるのは、宰相家のおかげだな。特にフランドール」


 なぜそこでフランの個人名が出てくるのかな?


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