マジックスタングレネード
「これは、こう構えて……こう!」
「わかりました! こうですわね! えいっ!」
シュゼットが的向かって小瓶を投げた。少女の手の中におさまるくらい小さなそれは、空中でひとりでに砕けると、中庭の芝生に白い粉をばらまく。
「割と様になってきたんじゃないか?」
小瓶の軌道を見ていたクリスが言った。
私は落ちた粉と的の位置を見比べる。
「方向は悪くないけど、ちょっと発動タイミングが悪いわね。これだと、まだ対象から距離があるわ」
「うう……ちゃんと発動させないと、って思うと焦ってしまって」
「それは慣れの問題ね。練習用のダミーはたくさんあるから、好きなだけ試してカンをつかんでちょうだい」
「がんばりますねっ!」
「……お前ら、何やってんの」
中庭ではしゃいでいた私たちにひややかな声がかけられた。
振り向くと、そっくり同じ色の銀髪の少年がふたり、あきれ顔でこっちを見ている。
「ヴァン!」
クリスがぱあっと笑顔になったかと思うと、婚約者のもとへとすっ飛んでいった。うれしそうにハグしあうふたりから一歩離れて、ケヴィンが苦笑する。
「今投げてたのって、ただの小瓶じゃないよね? 魔法薬?」
「粉自体は普通の小麦粉よ。ただ、投げた先で砕ける仕掛けは、私が持ち歩いてる
投げ方をマスターしたら、実物をプレゼントする予定だ。
「他国のお姫様に、なんて物騒なモンの使い方を教えてるんだよ」
「今一番必要なコトじゃない」
離宮に暮らす私たちは、敵地の真ん中で籠城しているようなものなのだ。
自衛手段はいくらあっても足りない。
「十歳の時から私を守ってくれた護身武器よ。きっとシュゼットのことも守ってくれるわ」
「ありがとうございます、リリィ!」
薬品の詰まった小瓶を手に私たちは笑いあう。
「離宮に引きこもる羽目になって、気が滅入ってるかと思ったら、これだよ。あ~心配して損した」
「皆様、毎日元気に過ごしていらっしゃいますよ」
彼らを門から中庭まで案内してきたらしいタニアが、彼らのやや後ろでくすくすと笑う。
「それにしたって自由すぎねえか? ほっといていいのかよ。俺の時はやれ勉強しろ、芸事をやれ、日に焼けるな、っていちいち口出ししてきてたくせに」
「姫様方はもう立派な淑女ですもの。私が指導することなんて、何ひとつありませんわ。それよりもヴァン様、その言葉遣いは次期クレイモア伯としていささか品位に欠けるのではありません?」
「……ダチと話す時くらい、好きにさせろよ」
クリスには指導不要と言いつつ、自分にはしっかり指導するタニアに、ヴァンが顔をしかめる。とはいえ、それで彼女を不敬と咎めないのはやっぱり、彼女が育ての親だからだろう。
「まったく、体ばかり大きくなって」
「俺は騎士修行だけで精いっぱいなんだよ。そのうえ作法だなんだと、無茶言うな」
「当然の話でしょう」
「あ、あの、タニア! ヴァンはいつもがんばってるぞ?」
乳母と婚約者の口喧嘩が心配になったらしい、クリスがおずおずとヴァンをかばった。タニアは一瞬彼女の顔を見たあと、笑いだす。
「ふふ、わかってますよ。姫様のおっしゃる通りなのは」
「タニア……お前、クリスと俺で態度が違いすぎないか?」
「それも当たり前の話です」
「差別が過ぎる」
なおも軽口の応酬を続けるふたりを、クリスが心配そうな顔で見比べる。
でも、気にする必要はないと思うなー。
「みなさま、お茶の準備が整いました」
応接室を整えていたフィーアが顔を出した。タニアはそちらに向き直る。
「ご苦労様、今朝焼いたナッツのタルトも出してちょうだい」
「む……」
タルト、と聞いてヴァンが反応した。おや、もしかしなくても好物かな?
タニアの指示を受けて去ろうとしたフィーアを、ケヴィンが呼び止める。
「フィーア、俺たちの手土産も運んでもらえるかな。モーニングスターの果物と、クレイモアのチーズと、それからお酒はヴァンのチョイスだっけ?」
「カトラスの十年モノな」
「まあ素敵」
酒の銘柄を聞いて、タニアがにっこりと笑った。どうやらこちらは彼女の好物らしい。
「なんだ、結局仲がいいんじゃないか!」
まぎらわしい、と膨れるクリスを見て私たちも笑った。
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詳しい情報は近況ノートとXにて
@takaba_batake
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