脱出

「……そう。部屋から出す気はないってこと」


 私はドアの前に並ぶ女官たちと、彼女たちを従えるローゼリアを見た。

 彼女たちの決意は固そうだ。

 王妃が仕事を果たせない女官を許すとは思えないもんね。

 かわいそうと思うけど、こっちも気を遣ってあげられる余裕はない。

 私は構わずシュゼットの手をとると、彼女たちとは反対方向、窓に向かって走り出した。


「えええ?」

「出口はひとつじゃないってことよ。クリスはひとりで行けるわね?」

「まかせろ」


 クリスは一足先にひょいと窓枠を乗り越えた。

 女官たちから悲鳴があがる。


「ここは三階……っ!」


 その程度なら自力で着地できるのだよ、あのお姫様は。


「リリィ?」


 シュゼットがおびえた目で私を見た。私は笑顔のまま彼女の手を引く。

 私にクリスみたいな身体能力はない。

 でも、彼女にはない魔法が使える。


「行くわよ! 着地はまかせて!」

「信じましたからね!」


 私はシュゼットを抱きかかえて窓枠を飛び越えた。

 重力に逆らって魔法を展開する。


無重力ゼログラビティいぃぃぃ……!」


 小柄な少女とはいえ、魔法だけで人間ふたりぶんを支えるのは大変だ。魔力を消費して、地球の中心からの力に全力で抗う。体の魔力をほぼ使いはたしたところで、やっと足先が地面についた。


「これは……ミセスメイプルを助けた時の……魔法……ですわね」

「そういうこと。さ、すぐに走るわよ」


 緑の部屋の窓を振り返ると、ローゼリアが真っ青な顔でこちらを見下ろしているのが見えた。バタバタと女官たちが廊下を走る音も聞こえる。何人かが階段を使って降りてきてるんだろう。

 ぼんやりしている暇はない。

 魔力不足でくらくらするのも、今は無視だ。


「どっちに行けばいい?」


 私たちに並びながら、クリスがたずねてきた。


「このまま中庭を進んで。建物の中に入っちゃダメ」


 フランは、『空の見える場所に全員で逃げろ』と言っていた。あの状況でわざわざ条件をつけたのには、必ず意味があるはずだ。ここは彼の言葉の通りに行動したほうがいい。


「にゃあ」


 いつの間に降りてきてたのか、黒猫が姿を現した。

 私たちと一緒に、いやちょっと前に出て走り出したから、先導してくれてるらしい。彼女のことだから、獣人の超感覚で行くべき場所がわかっているのかもしれない。

 早くフランたちと合流しなくちゃ。

 猫のあとに続いて走っていたら、突然横から伸びてきた手に抱き留められた。


「え……あ!」


 一瞬、追手につかまったのかと、慌てて顔をあげたら青い瞳と目があった。

 彼は深々と眉間に皺を寄せ、嫌そうな顔で私を見下ろす。


「お前はまたそういう格好を……」

「これは不可抗力だもん!」


 浴衣よくいのままなのは、しょうがないと思うの!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る