ミセリコルデ

「とりあえずこれを羽織れ」


 フランは自分の着ていたマントを私の肩にかけた。仲間の登場に、シュゼットもクリスも足を止める。


「姫様がたはこちらをお召しください」


 いつの間に用意したのか、後ろにひかえていたジェイドが、ふたりに上着を差し出した。彼女たちも浴衣よくいにマント姿になる。


「君はこっち」


 ジェイドは自分の着ていた上着を脱ぐと黒猫にかけた。一瞬、マントの下に黒猫の姿が隠れたと思ったら、にょきっと布地が立ち上がり、中からフィーアがいつものネコミミスタイルで顔をだす。

 マントのすそから素肌の手足が見えていることから察するに、どうも下は全裸っぽい。

 この子は何をどうやってあそこまで来たんだろうか。

 たずねたところで、詳しいことは語ってくれなさそうだけど。


「……猫の正体が、フィーアですの?」

「味方って、そういうことか!」


 シュゼットとクリスがフィーアの姿を見て声をあげる。

 私は口の前に人差し指を立てた。


「内緒よ」

「言ったところで、誰も信じませんわよ」


 だからこその奥の手なんだけどね。

 私は改めてフランを見る。


「ふたりともずいぶん都合よくあらわれたわね。どんな手品を使ったの?」

「お前たちと別れたあと、監視衛星とドローンを使って外から王宮を監視していた」


 フランは手の中のスマホをトントンと叩く。

 空の見える場所へ、とはつまり監視衛星の目の届く範囲へ来いってことだったらしい。


「その手があったかぁ……」


 そういえば私たちは女神の超兵器が使えるんだった。

 君、私より上手にスマホを使いこなしてない?

 ソレ受け取ったのって、数日前の話だよね?


「ずいぶんな接待を受けたようだが、向こうに戻る余地はあるか?」

「ナシよ。あんなところ一日だっていられないわ」

「ふむ……」


 フランの目がすうっと細くなる。

 事前に約束した『どうとでも』の手段を考えているんだろう。

 方針を待つ私たちのところに、バタバタといくつもの足音が近づいてきた。


「姫様!」


 蜜色の髪に翡翠の瞳の女官を先頭に、エプロンドレスの集団が走ってくる。結構距離をあけたと思ってたのに、もう追い付いてきたらしい。監視衛星の助けもなく探し当てるとは、彼女たちはかなり高度な探索能力を持っているようだ。


「さあ、お部屋に戻りましょう」

「ダメだ」


 私たちに駆け寄ろうとした女官を、フランとジェイドが遮った。

 ぎり、とでも音がしそうな勢いでローゼリアがフランを睨みつける。


「なぜあなたがここに? ここは男子禁制と言ったは……きゃっ」


 ローゼリアの言葉が遮られた。フランが無言で紙を一枚、彼女の目の前に突きつけたからだ。


「何ですか、これ? 許可証?」

「中庭までの立ち入りを許可するものだ。俺とジェイドは合法的にここに立っている」

「まさか……誰がそんなものを……!」

「国王陛下だが」

「な……!」


 許可証に押された承認印を見て、ローゼリアは絶句してしまった。

 見ている私たちも言葉が出ない。

 そりゃ王妃に対抗しようと思ったら、それ以上の権力者から許可をもぎ取る必要があるけどさ。

 マジで王様の印もらってくる人初めて見たわ。

 いくら相手が何でもうなずく『置物国王』でも、この短時間で話を通すのは並大抵のことじゃなかっただろう。


「政治をつかさどるミセリコルデを舐めないでいただきたい」


 宰相家、優秀すぎて怖いよ!

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