ユーザ登録
「そうなのか、リリィ?」
きょとんとした顔でクリスが訪ねてきた。給湯器発明の裏事情を知る私は力なくうなずくしかない。
「アール商会……アルヴィン兄様が扱う新式の魔道具は、警備と情報漏洩対策で、利用者を制限する仕組みになってるのよ」
「部外者が入り込んできたからといって、おいそれと機材を使うことができない。結果侍女に変装しようが騎士に変装しようが、何も動かせず不審者として発見される。すばらしい発明だと思いますわ」
「あーソウダネー」
私もそう思うよー。
なにしろ、ユーザ登録機能をつけようって言ったの自分だからねー。
なぜ自分のところで作った技術に首を絞められなければならないのか。
「ご安心ください、リリアーナ様。クリスティーヌ様の剣と同じことですよ」
ローゼリアは、金属探知機ゲートで一度預けられたクリスの剣を見る。
「お手入れしたら、すぐにお戻ししますので。ああそう、着替えのついでに王宮の設備が使えるよう、ユーザ登録もしてしまいましょう。そうすれば、次からは彼女も私たちと同じように仕事ができますわ」
ローゼリアの言い分は、腹がたつほど筋が通っていた。
彼女たちは何も間違ったことは言ってない。事情を知らない人がこの会話を聞いたら、なんて慈悲深い侍女だと褒めさえすると思う。
これが彼女たちの手口だ。
善意の皮を被った言葉に流され、気が付いたら窮地に追い込まれている。
「……ご主人様」
ちらりとフィーアが私を見る。
残念ながら、抵抗する理由付けがこれ以上思い浮かばない。
何が何でもフィーアをそばに置くか、別行動を許容するか。
「わかったわ。フィーア、お風呂に入ってきなさい」
「……っ、かしこまり、ました」
「ご協力感謝いたします。さあ、あなたはこちらへ」
女官たちに連れられて、ネコミミメイドが去っていく。その後ろ姿を見送るローゼリアはにっこにこの笑顔だ。
むかつく。
「リリィ、良いんですの?」
「お風呂とユーザ登録が終わったら返すって約束させたからね。仕度が終わったら帰ってくるわよ」
「約束を守る保障はなさそうですけど」
「その時はその時。私の侍女をどうしてくれたんだってねじこんで、騒ぎにしてやるわよ」
フランもだけど、フィーアだって引き離されて黙っているようなキャラじゃない。身の危険を感じたら、何がなんでも女官たちを振り切ってくるだろう。
フィーアを連れていくなら連れていくといい。
危害を加えたら、反撃されるのはそっちだからな?
「さて、あとはシュゼット姫様たちの入浴ですわね」
ローゼリアが明るい翡翠の瞳をこっちに向けてきた。笑顔を浮かべながら予想通りに提案をしてくる。
「リラックスできるよう、それぞれに湯舟を用意いたしました。順番にご案内させていただきますわね」
ですよねー。
部下の分断の次はグループの分断。
私たち三人をばらばらにすることで、分離作戦が完了するんだろう。
しかしさすがにシュゼット護衛の最後の砦である私たちが、引きはがされるわけにはいかない。ここはどんな理由をつけてでも彼女のそばにいなくちゃ。
ローゼリアに反論しようとした私は、後ろからぎゅうっと手を握られた。
「え、な、なに?」
振り返ると、シュゼットがぷるぷると震えながら、立っていた。彼女の右手は私の手を、左手はクリスの手を握りしめている。
「い、嫌ですぅぅぅ!」
「シュゼット姫?」
ローゼリアがぎょっとして目を見開いた。
そりゃそうだ。私たちだけならともかく、他国からの賓客の機嫌をそこねたら責任問題になる。
「女子寮がなくなって……知らない場所に連れてこられて、ただでさえ心細いのに……お友達と離れるなんて嫌ですぅぅぅ! リリィとクリスがいなくちゃ、お風呂に入れませんっ!」
「えええええ……」
涙目のお姫様に主張され、さすがのローゼリアも全面降伏した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます