次なる作戦

「待ちなさい、あなたはこっちよ」


 ローゼリアたち女官が次にターゲットにしたのは、フィーアだった。

 私たちが事前の説明通り浴室へと案内される一方、フィーアだけが別方向に促される。フィーアは身をひるがえして、私の隣に立った。


「私は姫様がたの護衛です。おそばを離れるわけにはいきません」

「その汚らしい格好で?」


 ローゼリアの翡翠の瞳が小柄なフィーアを見下ろす。


「獣のような耳だけでも見苦しいというのに、埃だらけで制服はぼろぼろ……とても貴人のおそばに侍る姿ではないわ」


 私たち三人と違って、フィーアには身分も立場もない。

 庶民の獣人に敬意を払う必要はないってことなんだろう。人権が保証されてないこの世界で、こういう扱いされるのは珍しくないけど。


「フィーアの姿は、私たちを守って働いてくれた結果よ。彼女をさげすむ物言いは許さないわ」


 だからといって、容認するわけにはいかない。

 私は主人として側近の尊厳を守る責任がある。


「でしたら、なおのこと、その侍女はあちらに行くべきですわ」


 しかしローゼリアの表情は変わらない。

 相変わらず、仮面のようなきっちりとした笑顔だ。


「何が言いたいか、よくわからないんだけど」

「侍女のための浴槽と着替えを用意してあります。埃を落とし、主人の格に見合った姿をしてこそ、護衛の本分を全うできるのではありませんか?」

「……」


 ローゼリアの提案は間違っていない。

 貴族に仕える使用人は、主に恥をかかせないよう、見た目を美しく保つのも仕事のひとつだ。一介の侍女ひとりのために浴室を整えるのだって、王宮の基準で考えれば破格の待遇だ。

 フィーアがそばから離れる、という状況でさえなければ。


「結構よ。フィーアには入浴の手伝いもさせたいの、初対面の女官に髪を触られたくないし」


 手伝いの名目で一緒にお風呂に入って、交代で体を洗えば離れずにすむだろう。

 しかし私の提案を、ローゼリアはニコニコ顔で否定する。


「それは無理ですわ。入浴に使う道具が、彼女には扱えませんもの」

「侯爵家仕込みの侍女が、風呂道具を使えないとでも?」


 それ主張したら、フィーアだけじゃなく、侯爵家にも喧嘩を売ることになるからな?


「いえ、そうではなく。警備の都合で、魔力式給湯器をはじめとした機材のほとんどにユーザ……使用者登録が必要なのです。ですから、部外者の彼女には何のお手伝いもできませんの」

「ゆうぅぅざぁ登録うぅぅ……」


 私は思わずうめいてしまった。

 魔力式給湯器って、そういう設定だったね!!!!

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