搬送先

「他家の女子をうちで? お前は家に戻れないだろう」


 それはわかってますよー。

 自分が王子様の婚約者として、王宮で保護されるってことは。

 でもセシリアをこのまま放っておけない。


「実はセシリアの容態があまりよくないみたいなの。王宮の医務室じゃきっと悪化しちゃうわ」


 これは本当にそう。

 表向きは地震の激しさにショックを受けて倒れたってことになってるけど、それだけじゃない。前日に女神のダンジョンに閉じ込められて、邪神にストレスをかけられたのが主な原因だと思う。


「うちなら母様もいるし、設備の整った屋敷でディッツに診てもらえるでしょ」

「東の賢者殿は学園に出向……ああ、そうか。ここを閉鎖したら、彼も屋敷に来ることになるのか」

「よろしいのですか? 勝手に移送したことがカトラス侯に知れたら」

「大丈夫よ、私が話を通しておくから。ちゃんと説明すれば、ダリオも嫌とは言わないはず」


 そろそろ、ドローンで運ばれたスマホがダリオに届いているころだ。

 メッセか通話で軽く説明しておけば、問題ないだろう。

 私がセシリアを大事にしてるのは、彼も知っている。


「わかった、誰か東の賢者殿に今の話を説明して、侯爵邸方面の馬車にふたりを乗せてくれ」

「かしこまりました!」


 父様の命令を受けて、また騎士が走っていく。


「これで、よし」


 私はほっと息を吐いた。

 表向きは天涯孤独の子爵家令嬢だけど、セシリアの本当の身分は王室直系の姫君で世界を救う聖女だ。目の届かない王宮の医務室で、一般人に看病させるわけにはいかない。万が一、彼女の身に何かあったらその時点でこの国どころか世界が滅んでしまうのだから。

 彼女の本来の居場所のはずの王宮が一番の危険地帯、っていうのもどうなのって話だけど。


「さて……避難のメドは立ったみたいだし、俺たちは行くかあ」


 第一師団の救助活動を見ていたヴァンとケヴィンが立ち上がった。


「どこ行くの?」

「後始末。第一師団が助けてくれるっつっても、細かい作業はいくらでもあるからな」

「特別室組として、生徒全員が避難するところまで、面倒みなくちゃいけないし」


 その論理だと、私も女子特別室組として後始末に加わらないといけないのですが。

 そう言うと、ケヴィンが笑いだした。


「あはは、君はまずシュゼットたちと王宮に行かなきゃいけないんでしょ?」

「俺たちは、王都に家があるからな。泥臭いことは任せて、目の前の仕事に集中しろよ」


 モーニングスター家もクレイモア家も、勇士七家の名に恥じない屋敷が王都にある。騎士たちの話ではどちらもあまり地震の被害を受けてないみたいだった。帰る場所のある彼らは、一番身軽な貴族生徒というわけだ。

 ここは素直に彼らの好意に甘えておこう。


「ありがとう、ヴァン、ケヴィン。またね」

「おう、また今度会おうな」


 ひら、と手を振って銀髪コンビは己の責務へと向かっていった。


「クレイモアも、モーニングスターも、よく育っているな」


 彼らの後ろ姿を見て父様がほほえんだ。

 貴族作法が苦手な父様はお世辞も社交辞令も言わない。心の底から本音の誉め言葉だ。


「ふたりとも自慢の友達なの。今度会ったら、直接言ってあげて。きっと喜ぶわ」

「そうしよう」

「団長、シュゼット姫のお仕度が整ったそうです」

「わかった。では彼女を馬車に……いや」


 指示を出す途中で父様は言葉を切った。


「出る前に、少し話がある。シュゼット姫とクリスティーヌ姫を会議室に集めてくれ」


 わざわざ会議室にってことは、表立って話せないことなんだろう。疑問の視線を向けてみたら、父様は困り顔になった。


「お前にも関係ある話だ。リリィと、配下のふたり。それからフランも来なさい」


 ……絶対いい話じゃないよね?

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