パフォーマンス
「クリス、行くわよ」
「ええっ、まだごはん食べてないんだけど」
「そのごはんを、あっちで食べるの」
私が移動先を指し示すと、クリスは不満げにぷう、と頬をふくらませた。
「食べるだけならここでもいいじゃないか」
お腹すいてるのはわかってるけどね!
騎士はともかく女子が立ち食いはダメだと思うの。
それにここじゃオーディエンスが少なすぎる。
「あっちで座って食べましょ。フィーア、食事と一緒に飲み物も運べる?」
「かしこまりました」
私はクリスを連れて、わざと女子生徒たちが集まる講堂の窓から見える位置に移動した。無事なベンチを見つけて、そこに座り込む。クリスもすぐ隣に座ってきた。
「もう食べていい?」
「いいわよ。フィーアも一緒に食べましょ」
「はい」
私たちは、いっせいに料理に口をつける。
男子生徒たちが心を込めて作ってくれたスープは、思ったよりずっとおいしかった。
「野戦料理の割に優しい味ね」
「うん。野菜たっぷりだ」
テーブルマナーだけは上品に、しかしすごい勢いでクリスが料理を平らげていく。こんな早食い、ミセス・メイプルに見つかったら叱られそうな気がするけど、今は何も言う気が起きなかった。だってこんな幸せそうにごはんを食べる美少女、誰も止められない。
「んー……お腹が落ち着く……」
私も自分で思っていた以上にお腹がすいてたらしい。
クリスにつられるのもあって、ちょっと早食いだ。喉につまらせないよう気を付けないと。
こんなしょうもない理由でむせて、ディッツのお世話になるなんて恥ずかしすぎる。
「おかわりもらってくる」
ぺろっと一食ぶん平らげたクリスがすっと立ち上がった。いそいそとヴァンたちのいるところへ歩いていく。本来はひとり一食なんだろうけど、今は止めないでおいた。きっとクリスに甘い婚約者はおかわりをよそってくれるだろうし、それに……。
「今度は何を始めましたの?」
講堂から出てきた女子生徒が私に声をかけてきた。ブロンズ色の髪が綺麗なお姫様と、ツンデレお嬢様が呆れ顔で私たちを見ている。
よし、かかった。
クリスがうっきうきでごはんを食べてる姿に気を引かれたんだろう。
女子寮に影響力のある生徒を釣りあげて、私は心の中でガッツポーズになる。
「お昼ごはんよ!」
「それが……?」
シュゼットは困惑しながら、私の手元の食事とクリスの様子をかわるがわる見ている。
非常時でも冷静たれ、と教育されていた彼女も、さすがに皿から直接料理を食べろとは指導されなかったんだろう。状況が受け止めきれずに、淑女の顔がひきつっている。
「すっごくおいしいわよ!」
にこっと笑ってあげると、シュゼットの顔がさらに引きつった。私は畳みかけるように言葉を重ねる。
「味付けはシンプルだけど、使ってるお肉は男子寮の貯蔵庫のものだし、野菜だって校内の菜園で採れたものだわ。いつもの食堂メニューと大差ないわよ」
「でも、スプーンもなしにパンだけで食べるって……」
「そこが楽しいんじゃない」
にこにこ顔のままの私に、シュゼットがたじろぐ。
興味はあるけど踏ん切りがつかないっぽい。気持ちはわかるけど、そこは思い切って食べちゃったほうがいいと思うぞー。箱入り娘でも食事が必要なのは騎士と変わらない。野戦食でもなんでも食べてもらわなくちゃ。
「なんだ、君たちも食べに来たのか?」
次はどう声をかけようかと思っていたら、クリスが戻ってきた。
その手には案の定大盛のスープとパンがある。
「早く行ってもらって来い! めちゃくちゃおいしいから!」
「え……あ……」
「ヴァン! ふたり分お願い!」
「わかったー!」
お姫様が次期伯爵に配膳を依頼してしまい、シュゼットの逃げ場が塞がれた。これで『食べたくない』なんて拒否したら、大変な失礼なことになってしまう。
私は食器を横に置いて、シュゼットの背中をぽんぽんと叩いた。
「食べなさいよ。お腹がすいたままじゃ元気が出ないわ」
「それはそうなんですけど」
「大丈夫、生きるためには、女の子だってたまにはお行儀悪くなってもいいのよ」
「……うう」
「あんたって、いつもそうよね……」
ずっとシュゼットの後ろに控えていたライラが、はあ……と大きなため息をついた。
それからシュゼットに向き直る。
「シュゼット様、腹をくくりましょう。どちらにせよ食事は必要ですし、私たちが食べ始めれば、他の女子も口をつけるでしょう。彼女たちを救うためにも、私たちが勇気を出すべきです」
「そ……そうですわよね」
「どうせ、我が国のお姫様がアレで、侯爵令嬢がコレなんです。外聞がどうこう言う者なんて出ませんよ」
野戦食仲間ゲットは嬉しいけど、その評価はどうかと思うの!
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