非常食

「いいところに来たな!」


 フィーアに連れられて中庭に出ると、ちょうど作業中だったヴァンとケヴィンが私たちを見つけて手を上げた。銀髪少年たちは、ふたりとも手におたまや鍋を持っている。よく見ると、彼らと一緒にいる騎士科生徒数人もそれぞれ中庭で火をおこして料理を作っていた。


「ふたりとも、どうしてこんなところで料理?」

「もう昼過ぎだろ? ぼちぼち腹が減った奴が出てくる時間だけど、厨房はどこもぐちゃぐちゃで使えねえからな」

「無事だった行軍訓練用の調理器具を使って、食事を作ってるんだよ」

「軍用の機材なの? これ」


 よくよく見てみると、彼らが使っているのは無骨な大鍋だ。使われている食器には装飾も何もなく、最低限料理を乗せる皿としての機能しかない。フォークやスプーンなどのカトラリー類も見当たらなかった。

 しかし食器や調理器具が最低限でも、食材は寮の食糧庫のものだ。鍋からはおいしそうないいにおいがただよってきている。


「なんでもいい……食べさせて。お腹すいた」


 クリスが婚約者にあわれっぽい声をかける。ヴァンは苦笑しながら、お皿にスープをよそって、パンと一緒に渡した。


「食え食え! 腹が減ってたら、何もできないからな」

「ありがとう!」


 クリスは満面の笑みで器を受け取った。

 スプーンもなしに直接皿からスープを飲むとか、深窓のご令嬢が見たら卒倒しそうな食べ方だ。しかし、彼女はもともと騎士伯家の出身。おじいさんにかなりワイルドに育てられた影響で、全然気にならないみたいだ。というか、むしろめちゃくちゃ馴染んでる。


「リリィも食べる?」


 ケヴィンがそっとお皿を差し出してくれた。メニューと食器はクリスと一緒だ。

 私も非常時のお行儀は気にしないほうだけど。


「私はあとでいいわ。他の子がちゃんと食べてからで」

「その、他の子のために、食べてほしいかな」

「なにそれ」


 ケヴィンは困り顔で苦笑する。


「騎士科の男子生徒は、こういう野戦料理でも平気で食べるんだけどね」

「行軍中は自給自足が原則だものね」


 どんなに裕福な騎士でも、戦場にメイドや使用人を連れてはいけない。戦地では、派遣された兵士だけで寝泊りして食事をとるものだ。時には敗走し、ひとりだけで荒野を生き延びなければならないことだってあるだろう。

 だから、騎士科生徒は全員野営訓練でサバイバルスキルを身に着けさせられる。

 彼らにしてみたら襲撃の恐れのない中庭で作る、野菜たっぷりスープはピクニックみたいなものだろう。


「でも、女子寮の子たちはそうもいかないでしょ」

「全員深窓のご令嬢だからねえ」


 騎士科と女子部では、そもそも学校に通う目的が違う。

 騎士が心身を鍛え民を守る術を身に着けるのが目的だとしたら、女子は教養を身に着けよりよい家の花嫁になるのが目的だ。そこにサバイバル訓練などという科目は存在しない。

 有事の心構えも『なんとしても生き延びろ』じゃなく、『敵に穢される前に美しく自決しましょう』だしなあ……。


「配給用の皿に配膳されたスープが、食事として認識できないみたいで」

「あれで目を輝かせるクリスのほうが、レアケースよね」


 蝶よ花よと育てられてきた彼女たちの感覚は、わからないでもない。寮の専用サロンで地べたパジャマパーティーやった時だって、お嬢様育ちのライラはすごく驚いてたし。


「でも、リリィはこういうの平気だよね?」

「まあね」


 今まで何度も命を狙われてきた私だ。いまさら野戦料理くらいで驚いたりしない。


「女子寮最高位の侯爵令嬢とお姫様が、おいしそうに食べてくれたら、少しは彼女たちの意識が変わると思うんだけど?」

「わかったわ、まかせて」


 こういうお仕事は得意分野だ。

 私がにっこり笑って器を受け取ると、ケヴィンも嬉しそうに笑った。


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