大人の戦い

「えっ……あんた、アレを予想してたのか? 全部?」


 ヴァンがぎょっとした顔になる。ケヴィンも目を丸くして、フランを見た。


「俺が何年秘密を共有してると思ってるんだ。六年前の時点で、大地震が起きることはわかっていたからな。父宰相に進言して、避難所を設置させていた」


 つまり、六年も前からすでにイベントを想定して動いていたと。


「え……」

「王都もあまり心配しなくていい。病院などの公共施設を中心に、補強工事や延焼防止措置を講じている。派手に火事が起きているように見えても、都市機能の大部分は無事なはずだ」

「えー……」

「事前に聞かされていたイベント内容に比べて、避難民の到着が早かったが、これはむしろ開発が進んで避難路が整っていた結果だろうな」

「えええええ……」


 もう、「えー」しか言葉が出てこない。

 なんだよこのスパダリ。

 有能がすぎないか。


「むしろ、女子寮の倒壊を予測できなかったのが痛いな」

「あっちはゲーム上では無事だったんだから、しょうがないでしょ」


 いつもの『回避した悲劇がめぐりめぐって、別の悲劇になる』だろう。ゲーム攻略本は優秀な予言の書だけど、運命を曲げてまわっている以上毎回その通りになるとは限らない。


「理屈はわかるけどよ、宰相もよくその進言を受けたな。王都で地震とか、普通信じられねえだろ」


 言われてフランは笑う。


「六年前にハルバード家と関わった時点で、ミセリコルデ家は一生分の奇跡を体験させられている。いまさら息子が少々変なことを言い出したくらいでは驚かんよ」


 そういえば、身近なぶんフランのことばっかり気にしてたけど、宰相閣下自身もいろいろ大変な目にあってたんだっけ。

 自分と娘の暗殺事件に始まって、騎士団長の断罪劇に息子の奇跡的生還。再会したと思ったら、本人は十一歳の女の子の補佐官になると言い出すし。その二年後には、息子の依頼で王弟と伯爵令嬢の入れ替わりに関わって、さらに翌年はハルバードと長男入れ替え結婚計画だもんね……。

 宰相閣下目線の人生も波瀾万丈すぎる。


「リリィは何も知らなかったの?」


 ケヴィンにたずねられて、私はぶんぶんと首を左右に振った。

 知ってたら、城壁であそこまであせってないってば!


「領地で仕事に埋もれてた私に、そんな気遣いできるわけないじゃない」


 むしろ、私の面倒みながら父親に話を通していたフランがおかしいのだ。


「気にやむ必要はない。ただの適材適所だ」


くつくつとフランはおかしそうに笑う。


「避難所の整備も都市の補強も、国主導の公共事業だ。侯爵家とはいえ一介の令嬢が関わる問題じゃない。これは大人の、宰相家の仕事だ」


 そう言い切るフランの姿は、いつも以上に大きく見えた。

 世界の危機だとか、国の存亡だとか。

 ゲームの中の世界ではそんなとんでもない事件が起きるたびに、十代の主人公を中心に子供たちが必死になって戦っていた。そこに大人が出てくることは少ない。

 でも現実の世界には、優秀な大人はたくさんいて、彼らも世界をよりよくするために、私たちを助けるために動いてくれている。

 世界はゲームプレイヤーと攻略対象だけでできてるわけじゃない。

 生きている人たち全部でできているんだ。

 自分たちだけで世界を救う気になってたなんて、傲慢もいいところだ。


(もう十分現実を生きてるつもりだったのになあ)


 まだ私の中にはゲーム気分が残ってたらしい。


「……ありがとう」


 フランにだけ聞こえるよう、ぼそりとつぶやく。

 フランもまた、私にだけわかるよう軽く肩をすくめた。


 今日ほど王子の婚約者の立場が煩わしいと思ったことはない。

 人目さえなければ、だきついて全力で感謝の気持ちを伝えるのに。

 いつか絶対、全力で今まで我慢してきた気持ちをフランにぶつけてやる。そう心に誓って、私は女子生徒たちが待つ避難所へと向かった。


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