幕間:ぼっち王子(オリヴァー視点)
「王子、お守りできず申し訳ありません」
避難民たちが去ったあと、城壁の側に座り込んでいた俺のそばに、やっとヘルムートがやってきた。俺は軽く手をあげる。
「いい。さっきのは投げられて当然だ」
「しかし……」
「むしろ、彼が止めてくれてよかった」
職責を全うできなかったことを悔やむ従者を止める。
部外者の立ち入りを拒まれ、悔しそうに去っていく避難民の男たち。その姿は助けが必要な弱者には到底見えなかった。
『王立学園内に入らなければならない理由でもあるのか』
彼らに庇護を受ける以外の目的があることを示されて、ぞっとした。
この学園には貴重なものがたくさんある。
何百年も前から伝えられてきた歴史的資料に、高価な実験器具。
騎士教育のために用意された数々の武器。
そして戦う術を持たない、か弱い少女たち。
悪意を持つ者たちにとって、この学園は宝の山だ。理由をつけて入り込もうとする不届き者はいくらでもいると、わかっていたはずなのに。
押し寄せてきた市民を前に、まともな判断ができなくなっていた。
「……何が、王子か」
自分はいつもこうだ。
母が勧めてくれた縁談は、侯爵令嬢を陥れるための罠だった。
幼なじみたちは学園内に不和の種をばらまく、悪意ある生徒だった。
親切な女友達と思った少女は自分の寵姫の座ほしさに、婚約者を傷つけようとしていた。
そして、今回。
助けようと手を差し伸べようとした避難民は、学園を狙う賊だった。
信じた相手が、ことごとく悪意の刃を隠し持っている。
どれもこれも見抜けない自分は、周りを危険にさらしてばかりだ。
『自分以外全てを疑う、それでやっとスタートラインに立てるんだ』
数か月前、ヴァンにつきつけられた言葉が胸に刺さる。
信じることで関係を築いてきた自分にとって、あまりに受け入れがたい言葉だった。しかし、何度も裏切られた現実は、彼の言葉が正しいと冷酷に証明してくる。
だからといって立ち止まることも許されない。
もう誰も信じるまいと人から距離を置けば意気地なしと言われ、誰かを助けようと動けば余計なことをするなと叱られる。
王とは、人を頼り頼られる存在なのではないのか。
いや、そもそも。
(自分は王子でもないのだったか)
隠し部屋にあった不気味な鏡は、『ハーティア王家および、勇士七家いずれの遺伝子も確認できません』と断言した。つまり、俺の体に王家の血は一滴も流れていない。
どこの誰とも知れない、馬の骨というわけだ。
母は想い人の血を引かない俺を内心疎んでいた。自分が父の子であることは間違いないようだ。
しかし、ならば血統のどこで偽物が混ざったというのだろうか。
正しく継承の儀式を行った父もまた、正統な王族のはずなのだから。
……いや、どこで間違ったかなんて、もう関係ない。
どんなにがんばっても、俺は王にはなれない。
その現実の前には、経緯も理由も、なにもかもが無意味だ。
ふと顔をあげると、友人たちと一緒に去っていくリリアーナの姿が見えた。災害の混乱の中にあっても、彼女は変わらず強く美しい。
彼女は俺に対して一度も見せたこともない花のような笑顔を、共に歩く青年に向けていた。
暴徒と化していた避難民を鮮やかに追い払った青年だ。
彼は賢くたくましく、ゆるがぬ強さを持っている。
俺は何を思い違いをしていたんだろうか。
どう考えても、彼女にふさわしいのは俺じゃない。あの青年だ。
『ハルバードとミセリコルデの婚姻なんて、絶対に阻止してやるんだから』
そんな呪詛の言葉を放ったのは母だったか。
聞いた直後は何を言っているのかわからなかったが、その後両家のことを調べたらすぐに理由がわかった。
神童とうたわれるリリアーナが領主代理をしていた三年間、ミセリコルデの長男が補佐官として派遣されていた。彼とリリアーナの歳の差は七歳。少し離れてはいるが、政略結婚の多い貴族の間では珍しい年齢差ではない。
俺はただ、彼らの仲を裂くためだけに利用された駒だったのだ。
感情面でも、能力面でも、血統の貴さでも劣る俺にはもう、何ひとつ彼に勝るものがない。
完全な敗者だ。
「王子、大丈夫ですか」
ヘルムートが顔をのぞき込んでくる。
母の息がかかった者たちが排除された学園で、俺に声をかけるのはもうこの従者だけだ。だが彼もまた、ランス家の命令がなければここにいないだろう。
この心配そうな顔も、俺を心配しているんじゃない。
俺を倒れさせた責任に問われることを、憂えているのだ。
「平気だ」
足に力をこめて、なんとか歩き出す。
真実はともかく今の俺はまだこの国を司る王族の子だ。こんなところでぼんやりしていたら、周りの足を引っ張ってしまう。
なんてみじめなんだろう。
誰も俺を頼りにしないし、俺もまた誰にも頼れない。
俺は、ひとりだ。
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