緊急避難

「ライラ!」


 私は女子寮三階に向かって声をかけた。廊下の窓から、ライラがこっちを向く。彼女は、福々しい雰囲気のかわいらしいおばさま、ミセス・メイプルを支えるようにして立っている。


「残っている子がいないか、確認していたら上から物が落ちてきて……!」


 ミセスメイプルの額に赤いものが見える。

 点検中に怪我をして、身動き取れなくなったミセス・メイプルを助けようとして、ライラも身動き取れなくなってしまったんだろう。

 中に入って手を貸すべきか。

 護衛騎士が建物に入ろうとした時だった。


 べきべきっ!


 大きな音がして、建物が傾いた。窓にはまっていたガラスが砕けて落ちてくる。中庭に集まっていた女子生徒の間から大きな悲鳴があがった。


「入るのは無理か?!」


 護衛騎士とドリーが顔を見合わせる。

 この建物はもう限界だ。今から階段をのぼっても、一緒に潰されてしまう可能性がある。

 護衛騎士がライラの立つ窓のすぐ下に駆け寄った。


「飛び降りろ! 受け止める!」

「で……でも……!」


 ライラがたじろいだ。

 それもそうだろう。

 彼女がいるのは三階。すぐに降りて、すぐにキャッチできる高さじゃない。落ち方によっては骨折どころじゃすまないかもしれない。普通に怖い。

 でも、ためらっている間にどんどん建物は傾いていく。


「飛ぶんだ!」

「で……でもっ……!」

「いきなさい!」


 どこにそんな力があったのか、ミセス・メイプルが立ち上がるとライラの背中を押した。押し出されるようにして、ライラの体が空中に放り出される。

 女子生徒の間から悲鳴があがる中、護衛騎士、ドリー、クリスが三人がかりでライラを受け止める。


「ぐっ……!」


 彼女たちは一塊になって中庭に転がった。見たところ、ライラに大きな怪我はなさそうだ。


「ミセス・メイプル!」


 私は残る寮母を振り返った。彼女は窓にもたれかかって、荒く息をついている。べきん、とまたどこかで何かが壊れる音がした。ミセス・メイプルも今すぐ飛び降りないと危険だ。


「もう一度……」

「待ってくれ、今ので肩が……!」


 無茶な受け止め方をしてしまったんだろう。護衛騎士が左肩を押さえてうめいた。


「私はいいから」


 すっかり諦めた表情でミセス・メイプルが力なくほほ笑む。

 確かに、ここから階段を降りるのも、飛び降りるのも無理ゲーに見えるけどね?


「そんなのダメよ!」

「リリアーナ?」


 この程度で諦めてたら、喧嘩上等侯爵令嬢なんてやってられない。


「飛び降りて、ミセス・メイプル! 私がなんとかする!」

「でも……」

「いいから、早く!」


 びしびしびしっ、と今度はミセスメイプルの側の壁に大きなヒビが入った。

 もう時間がない。


「受け止める勝算はあるのか?」


 隣に並んだ黒いローブの女性教師が声をかけてきた。私はドリーの青い瞳を見返して頷く。


「怪我しない程度には、なんとか」

「承知した。手を貸せ、フィーア」


 私の横を黒い影がふたつ、駆け抜けていく。

 フィーアとドリー。

 ふたりが女子寮外の壁を蹴るようにして壁面を登る。

 彼女たちはミセス・メイプルが立ち尽くしている窓まで到達すると、彼女の体をひっつかんで窓の外に投げ飛ばした。ミセス・メイプルの丸い体が空中に放り出される。


「ええっ……?」


 彼女たち自身はその反動を利用してくるりと回転すると、窓枠に着地していた。

 身が軽いほうだとは思ってたけど! ふたりとも、どういう身体能力してるんだよ!

 いや、今は驚いてる場合じゃない。

 ミセス・メイプルだ。

 私は彼女の落下地点に走りこむと、ありったけの魔力を込めて魔法を展開した。


「発動せよ、無重力ゼロ・グラビティ!」

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