悪役令嬢の奥の手

 女子寮の生徒全員が注目する中、ミセスメイプルは中庭へと自由落下してくる。

 私はありったけの魔力を込めて、彼女を地面へと引き寄せる力に抵抗した。下へと落ちる力とは真逆の方向、真上に向けて同種の力を加える。

 その力が釣り合った瞬間、ミセス・メイプルの体はふわん、とその場にとどまった。

 地面から五センチほどの位置で彼女が一瞬静止する。


「……ぷはっ!」


 魔力の限界に達した私が力を抜くと、ミセス・メイプルはどすんと今度こそ地面に着地した。でも、高さ五センチのところから落ちたのと一緒だから、たいした衝撃じゃない。


「あ、あら……?」

「だ……大丈夫……ですよね……」


 ぜい、と息をつきながら声をかけると、ミセス・メイプルびっくりした顔のまま、こくこくと頷いた。


「ええ、ええ、平気よ、リリアーナ。どうして無事かわからないけど」

「なら……よかった……」


 魔法の使い過ぎでくらくらするけど、ミセス・メイプルが生きてるならそれでいい。

 私がその場にへたりこんでいると、その後ろでベキッ! と今までで一番大きな音がした。振り返ってみている間に、建物がすごい勢いで傾いていく。ミセス・メイプルを助けるために三階の窓に上がっていたドリーとフィーアも慌ててその場から離れた。

 まさに、あっという間っていうのは、こういうことを言うんだと思う。

 私たちが見ている前で、入学から今朝まで、一年以上寝起きしていた女子寮の建物はとんでもない量の土埃を立てながら、ぺしゃんこにつぶれてしまった。


「わぁお……」


 それしか言葉が浮かんでこない。


「ありがとう、リリアーナ」


 いつのまにか、ミセス・メイプルが私の側にまで移動してきていた。茫然としている私の背中をやさしくなでてくれる。


「私たちが生きているのは、あなたのおかげよ。あなたがすぐに避難を指示したおかげで、女子寮生徒全員が助かったわ」

「いやそんな……」

「そこは、誇るところだと思いますわよ」


 寝間着姿のシュゼットもにっこり微笑みかけてくれる。


「私からもお礼を言わせてください。あのまま部屋で着替えていたら、今頃逃げ遅れてましたもの。ねえ、みなさま?」


 シュゼットが視線を送ると、中庭で一塊になっていた女生徒たちがわっと集まってきた。よっぽど怖かったんだろう。泣いている子も多い。


「ありがとうございます、リリアーナ様!」

「わ、わたし……もう少しで二度寝するところで……!」

「わたくしも、化粧品を持ち出そうとしてて!」

「すぐに出なさい、ってリリアーナ様が言って下さらなかったら……あああ、考えるだけでも恐ろしいですわ」


 全員地震災害は初めてだったんだろうなあ。

 邪神の封印破壊、なんてことがない限り、ほぼ百パーセント地震なんて起きない土地だし。


「着替えをするな、物を持つなは、いい指示だったな」


 うんうん、とクリスもうなずいている。


「どこでそんなやり方を覚えたのか、は聞かないほうがいいんでしょうね、きっと」

「う」

「ミセス・メイプルを受け止めたあの魔法も不思議ですわよねえ……空間に作用する魔法というと風魔法ですけど、風なんて吹いてませんでしたし」

「それも内緒! 手品の種は明かさない主義だからー!」


 つーか、さっきの魔法は国家機密ですので!

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