耐震構造なにそれおいしいの
「リリィ?」
私の様子を見て、クリスが首をかしげた。
その間にも、嫌な予感はどんどんとふくらんでいく。
「さきほどの揺れで、ご気分を害されたのでしょうか?」
フィーアもこてんと首をかしげる。
違う、そうじゃない。
私が恐ろしいのは、そういうとこじゃない。
私の前世、小夜子だったころは、地震をそう怖いと思ったことはなかった。住んでいたのは内陸部で、生活のほとんどは設備の整った病院だ。少々揺れたところで、ちょっと物が落ちてびっくりするくらい。もちろん、震度6を超えるような巨大地震にまで発展したら大変だけど、幸い私が生きているうちにそこまでは体験しなかった。
しかし、このファンタジー世界の女子寮はどうだろう。
この建物の柱って、木じゃなかったっけ。
壁を支えてるのは、レンガと漆喰だよね。
多分、地下深くまで鉄の杭を打ったり、壁に鉄筋が入ってたりしないよね。
つまり、耐震設計なんて一切されてないよね?
「みんな、急いで建物から出て! 今すぐ!」
「突然どうした?」
「いいから、早く!」
「リリィはいつも急ですわね。待っててくださいまし、今着替えてきますから」
のんきに自室に戻ろうとするシュゼットの寝間着を私はひっつかむ。
「そんな暇ないの。すぐに階段を降りて」
「えええ?」
「女子寮の中庭には目隠しの囲いがあるから、気にしないで! とにかく出るの。セシリアも行って!」
私はふたりの背中を押して、自分も歩き出す。
もしかしたら、私の心配は杞憂で、ただ怖くなって大騒ぎしてるだけかもしれない。
ただ少し、嫌な音がしたってだけだし。
でもじっとしていられなかった。
友達が建物の下敷きになって潰れるくらいなら、あとで『お騒がせしてごめんなさい』って謝るくらい、どうってことない。
「建物に残ってる生徒を全員避難させるわ。クリス、手伝って! フィーアは退路の確保!」
「わかりました!」
みしみしという嫌な音を聞きながら、私は階段を降りる。
異常を感じ取ったのか、女子生徒の半分くらいは、不安そうな顔で廊下に出ていた。私は腹の底から声を出して、号令をかける。
「全員、中庭に出なさい!」
シュゼットと同じ、『着替えなきゃ』と思ったのだろう。生徒の何人かが部屋に戻ろうとする。私は彼女たちを引き留めるようにして、言葉を重ねた。
「着替えてはダメ! 物を持ってもダメ! やってたことは全部中断して、とにかく外に出なさい! 寝てる子はすぐに起こして!」
「外に出ろ! これは命令だ!」
侯爵令嬢の声に、王妹クリスの声も重なる。
状況がわからなくとも、高貴な者の命令は聞くべき、って思ったんだろう。身分最高位生徒の台詞を聞いた女の子たちはすぐに行動を開始してくれた。
こういう時は、身分制度に感謝だね!
フィーアのように、高位貴族が残っていたら避難しづらい生徒もいる。声をかけながら私も一緒になって階段をおりる。
逃げ方を知らない淑女たちは、途中でコケたりぶつかったりしながら、もたもた階段を降りていく。
ああもう、こんなことなら、避難訓練をカリキュラムに入れるよう提案しておけばよかった! 地震じゃなくたって、火事とか敵襲とか、避難しなくちゃいけないことって多いのに。
『逃げ方を訓練する』なんて、考え自体が存在しないファンタジー世界で理解してもらえたかどうかわかんないけど!
「ご主人様、見てください。女子寮が……!」
外に出て、後ろを振り返った私は、ぞっとした。
女子寮の形がおかしい。明らかに歪んでいる。
「……傾いてる、よな?」
私の隣に立つクリスが、建物の傾きにあわせて首をかしげる。
これは本格的にやばい。
「全員建物から離れて! 学年ごとに整列して、点呼! 姿の見えない子がいないか、確認!」
「はいっ!」
指示を飛ばしていると、女子寮の反対側から人影が走ってきた。
体格のいい男性と、黒いローブを着た女性教師。
女子寮の警護を担当している護衛騎士と、教師に化けたドリーだ。
「リリアーナ!」
「今避難させているところです」
「よくやった」
ドリーが緊張した面持ちでこくりと頷く。
「残っている者は?」
「それは……」
「リリィ様、ライラがいません!」
「ミセス・メイプルのお姿も……!」
点呼をとっていたらしい女子生徒が、あいついで報告してきた。大事な友達の名前が出てきて、私は女子寮を振り仰ぐ。
「ライラ!」
三階の窓に、人影が見えた。
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