千日手

「はあ……はあ……」

「ち、これもダメか……!」


 地下神殿に、落胆のため息が落ちる。

 もう何度目のアタックだろうか?

 私たちは、ユラを取り込んだヴァンパイア相手に苦戦を強いられていた。


「攻撃力自体は、たいしたことないんだけどね」

「無限回復が厄介だな」


 フランが眉間に皺を寄せながら、ヴァンパイアを見る。モンスターは触手をうねうねと動かしながら、笑っていた。絡まれているユラもなぜか薄笑いだ。

 バシ、とヴァンが悔しそうに石造りの壁を叩く。


「あと一歩火力が足りない……! セシリアがフルパワーで魔法を叩きこんで、リリィの強化魔法をつけた俺たちが総攻撃を加えても、あと少しのところでヴァンパイアの回復能力が上回る」

「こっちの魔力とアイテムは、有限だもんね」


 レベル上げしてアイテムを補充すれば勝てるかもしれないけど、ヴァンパイアに追いかけられながら雑魚敵まで相手にするのは危険だ。それに、地道なレベル上げは時間がかかりすぎる。


「どうすれば……」


 セシリアがぎゅっと手を握り締めながら座り込む。かなりまいっているんだろう、その顔は蒼白だ。限界が刻一刻と近づいてきている。


「アイデアがひとつ、あるんだけど」


 沈黙する私たちに能天気な声が投げかけられた。見ると、吸血鬼にとりつかれたまま、ユラが相変わらずにやにや笑っている。


「聞きたくないわ」

「まあまあ、遠慮せずに。このまま膠着状態が続いても、消耗するだけでしょ?」


 私たちの拒絶なんて意に介さずユラはぺらぺらとしゃべる。


「ねえ愛しい人、僕を正式なユーザーとして登録してよ」

「……は?」


 ユラのお願いの意味がわからず、セシリアは顔をひきつらせた。


「本来レベル九百九十九なのに、レベル五十程度に弱体化されているのは、僕がシステムに無理矢理侵入した不正ユーザーだからだ。僕を正式なユーザーにしたら、弱体化が解けて本来の力を取り戻せる。こんなヴァンパイアなんて一撃だよ」

「できません。そもそも、ここには勇士の末裔しか登録できませんから」

「そんなことないよ。……だよね? 女神の使徒」

「……」


 ユラに問いかけられ、とっさに答えが思いつかなかった私は沈黙した。ユラはくつくつと笑う。


「厄災の神との戦が、何百年単位の話だと思ってるの。勇士の遺産は血族に託すのがもっとも有効だっていっても、そううまくいくもんじゃない。いざ決戦となった時に、勇士としてふさわしい強者ばかりが集まるとは限らない。ダガー家のように、血族そのものが途絶えていることだってある。でもそれじゃ邪神と戦えないよね? 女神は白銀の鎧に乗るべき勇士が集まらなかった時のための保険をかけてたはずだ」

「それが、血族外のユーザー登録ですか」

「正解! ダガー家の枠をあけて、僕を君の勇士として登録すればオッケーだよ」

「……リリィ様」


 セシリアがすがるような目を私に向けてきた。

 急な提案に、判断がつかないんだろう。

 私はいてもたってもいられなくなって、座り込むセシリアのすぐ隣に腰をおろす。


「ユーザー登録機能自体は……あるわ」


 私もユラに気づかれたくなくて、ずっと黙っていた裏技だ。セシリアさえ許可すれば、勇士以外の人間だって白銀の鎧に乗れる。そんなことが公になったら敵も味方も大混乱だ。


「じゃあ……」

「でも、絶対許可しちゃダメ」


 私はセシリアの肩を強く抱きしめる。


「ユーザー登録こそが、ユラの狙いよ」

「僕は愛しの君を助けたいだけだってば」

「その手には乗らないわ。正式ユーザーになったら、ダンジョンどころじゃない、システム全てのアクセス権を得る。今ですら、反則レベルのハッキングをかけてるってのに、そんなことになったらシステム全体……ううん、最終兵器『乙女の心臓』すらユラのものになりかねない」

「……っ!」


 セシリアの顔から更に血の気がひいた。


「そもそも、この脱出不能な『詰み』状態こそがアンタの狙いだったんじゃないの? ストレスで視野の狭くなった私たちに、最強キャラっていうカードをぶらさげて、ユーザー権限をゲットしようとしたんでしょ」


 だいたいユラが掴まったこと自体が不自然だったのだ。ダンジョンモンスターは全てユラの配下がモデルになっている。ヴァンパイアの特性だってユラは熟知していたはずだ。触手にとりつかれたら、どうなるかくらい理解していただろう。


「……知らなければ、幸せに脱出できたのに」


 デジタルネイティブなめんじゃねーぞ。

 パソコンだデータ通信だって、ユーザーの権限の大事さは嫌っていうほど教えられて育ってるからな?


「それで? 僕の提案を却下した女神の使徒は、これからどうするつもり? 他の手が思いつかないから、膠着状態なんじゃないの」

「アンタにシステムを好き勝手されるよりはマシよ」

「何も思いつかないまま、ずっとここにいるつもりなんだ? 高位貴族の子息がそろって行方不明になったら、王都は大混乱になるよ。ミセリコルデの長男まで姿を消してるから、侯爵令嬢駆け落ち疑惑のおまけつきだ。こんな絶好のチャンスに、王妃派貴族はおとなしくしてくれるかな?」

「……小物ほどよくしゃべる、とは真理だな」


 ユラの言葉を低い声が遮った。


「だが、勇士以外もユーザー登録できる、とはいいことを聞いた」

「フラン?」

「ユラを登録するのは危険だ。もちろん許可できない。だが……別の人間ならどうだ?」

「別……って、誰のことだ?」


 ヴァンが困惑顔で周囲を見回した。

 ここには、私たち正規ユーザーしかいない。追加で登録すべき人物がいるように思えなかった。


「いるだろう、すぐ外に。ジェイドを仲間にしたら、そこのヴァンパイア程度一撃で消し炭にできるんじゃないか」

「その手があったか!」


 ジェイドは優秀な魔法使いだ。

 子どものころから東の賢者のもとで学び、ハルバードの騎士たちと共に訓練してきた。経験豊富で、セシリアと同レベルの魔力を持つジェイドなら即戦力である。


「外と通信する機能はあったはずだから、呼びかけてみましょ。もちお、『外部通信』の機能をアンロックして」

「かしこまりました」

「はあ? 何考えてるの、君たち!」


 ユラが声をあげた。


「バグの発生でこのダンジョンは不安定になっている! もうすでに中にいる僕ならともかく、外から資格のない者を呼び込んだら、どんな不整合が起きるかわからないぞ!」

「不整合ならもう起きてるじゃない。今更ちょっとくらい壊れても平気よ」

「これ以上、このダンジョンにいたくねーしな」


 うんざり顔のヴァンの隣で、婚約者もそっくり同じうんざり顔になる。


「ヴァンパイアの相手は、もう飽きた」

「……外でゆっくりお茶が飲みたい」


 ケヴィンも苦笑する。フランがこくりと頷いたのを見てから、私はセシリアに声をかけた。


「セシリア、いいわよね」

「はい。お願いします……」

「もちお、外とつなげて」

「かしこまりました」


 お願いすると、私たちのすぐ目の前に大きな姿見が出現した。ここに入ってくるときに見た、銀のレリーフの鏡だ。

 鏡はまばたくように数回、明滅したあとに一組の男女を映し出した。背の高い癖毛の青年と、小柄なネコミミ少女。ジェイドとフィーアだ。

 鏡の変化に気づいたフィーアが振り返り、ジェイドとともに鏡を覗き込んでくる。


「ご主人様!」

「お嬢様……! 無事ですか?」

「私は平気よ」


 にっこり笑いかけると、ふたりはほっとした表情になった。

 主人が友達と一緒に姿を消したら、そりゃー心配するよね。


「ふたりともありがとう。あなたたちがフランを呼んでくれたおかげで、助かったわ」

「お嬢様が無事なら、ボクたちはそれで構いません」

「早速お願いがあるの。ジェイド、その鏡に手を当てて」

「しかし……それは」


 ジェイドがちょっと身を引く。

 相棒のフィーアが吹っ飛ばされたのを見ているせいだろう。


「事情が変わったの。あなたを中に入れるようにするわ。ええと……これはさすがにセシリアが命令しないとダメかしら。お願いできる?」


 私が声をかけると、セシリアはこくんと肯いた。


「もちお、ジェイドさんを新規ユーザーとして登録してください」

「かしこまりました。対象者は、鏡に手をあててください」

「……はい」


 ジェイドがおそるおそる鏡に手を当てた。

 鏡が一瞬金色に光って……


「遺伝子を確認。ダガー伯爵の子であることを認証」


 ん?

 もちおの処理を見守っていた私たちは、全員目が点になった。

 誰が……誰の子、だって?


「新規登録の必要はありません。ログイン申請を許可しますか?」

「きょ……許可します!」


 セシリアが叫ぶように返事をすると、鏡の向こうのジェイドの姿が消えた。すぐ私たちの目の前、ダンジョンの中にジェイドが現れる。


「え、と……? お嬢様?」

「ジェイドって、ダガー伯爵の子だったの?」


 私が食いつくようにして質問すると、ジェイドはおろおろと首を振った。


「えええええええ、し、知らないよっ!」

「ディッツは何か言ってなかったの?」

「ええと……き、貴族らしい、ってことは……聞いてる、けど……ボボ、ボクを捨てた人なんて、ロクなものじゃないだろうからって……それ以上たずねたことなかった……です。師匠がいれば、他に家族なんていらなかったし」


 それは、実の親のことなんて気にならないくらい、ディッツがいい保護者だったってことなんだろうけど!

 少しは気にしてたほうがよかったかもしれないね!


「バカな……ダガー家は断絶したはず……」


 ユラが茫然とジェイドを見た。

 今まで私たちをさんざん苦しめてきた相手が驚いているのは、気分がいい。


「これこそが、ユラの言ってた数奇なる運命ストレンジフェイトってやつじゃないの? ツメが甘かったわね」

「この……!」


 目を吊り上げるユラを私は無視した。


「ジェイド、あっちのヴァンパイアを倒したいの。手を貸して」

「えええっと……何か人を取り込んでる……みたいだけど?」

「平気よ。あいつはどうせ殺しても死なないから!」


 ジェイドを仲間に加えた私たちは、ヴァンパイアを瞬殺した。


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