セキュリティ強化

「申請を受諾しました。ログアウトします」


 もちおの声とともに、私たちはダンジョンを脱出した。

 一瞬の浮遊感のあと、周りの空気が変わる。目をあけると、そこは灰色の部屋だった。何もない殺風景な部屋の中、ぽつんと銀のレリーフに囲まれた銀の鏡がある。

 現実世界の管制施設入り口だ。

 ぐるりと辺りを見回すと、フラン、セシリア、ジェイド、ヴァン、ケヴィン、クリス、とダンジョン内にいたメンバーが勢ぞろいしている。


「ご主人様……!」


 フィーアが走り寄ってくる。

 がんばって無表情を保とうとしてるけど、目がちょっと潤んでいた。ずいぶん心配をかけてたんだろう。


「大丈夫よ、フィーア。あとはあの悪魔を追い出すだけだから」


 私は部屋の端に出現した、邪神の化身を睨みつけた。

 ログアウトでシステムから外に出されたのはユラも同じだ。現実世界に戻ったせいだろう、その額にツノはない。そして、制服の首元は赤く染まっていた。ダンジョンに入る直前、セシリアに呪われた傷がまだ残っているんだろう。


「ち……」


 余裕のへらへら笑いをかなぐり捨てて、ユラはこちらを睨む。

 相手を憎たらしいって思ってるのはこっちも一緒だけど。


「ユラ、出ていって」


 ぶつっ、と音がしてユラの首がますます赤く染まっていく。セシリアが呪いの力を強めたんだろう。


「忌々しい女神に使徒どもめ……いいよ、今日は退いてあげる。でも、またここには来るから」

「無駄ですよ。もちおに命令して、セキュリティを強化しました。この先にはもう、私が許可した人しか入れません」


 セシリアが静かにユラを見据える。ユラは口の端を歪めた。


「それはどうかな? 僕がハックしたせいで、装置の一部は焼け落ちてる。破損部分を足掛かりにすれば、再侵入は可能だ」


 侵入時にユラが無茶をしたせいで、銀のレリーフは黒く変形していた。ただの装飾に見えて、実はシステムを構成する重要な装置なんだろう。


「もちお、自己修復機能を使って、レリーフを修理してください」

「できません」


 もちおの残酷な解答を聞いてセシリアは顔をひきつらせた。対照的にユラの顔に余裕が戻ってくる。


「これが修理できなくても、あなたが入ってこれないよう結界を張れば……」

「それで四六時中監視して生活するの? 大変だね、ずっと警戒しながら生活するなんてさ。君が神経を尖らせてる一方で、僕はたっぷり英気を養って自分のタイミングで攻撃できる。分の悪い勝負だ」

「く……」


 私は一歩前に出るとセシリアの手を握った。動揺する彼女にかわって、ナビゲーションAIに問いかける。


「もちお、レリーフが修理できない理由は?」

「材料が足りません。修理には、精霊銀ミスリルが十五グラム必要です」

「みすっ……」

「それって、伝説上の鉱物じゃないの?」


 ケヴィンが目を丸くした。


「組成自体は、普通の銀と変わらないらしいけどね。……建国王の武器に使われてるって話だから、同じ建国神話に関わる管制システムで使われててもおかしくないけど」


 よりによって、ミスリル。

 そんなもの建国時から五百年続くハルバードの宝物庫にだって存在しない。


「あははははは、修理は無理そうだね!」


 灰色の部屋にユラの哄笑が鳴り響いた。対抗するアイデアが浮かばなくて、私はただ唇をかみしめることしかできない。


「ミスリルがあればいいのか?」


 クリスの声が割って入った。


「そういう話、だけど……」

「じゃあ、これを使おう」


 クリスはポケットから銀細工を取り出した。クレイモア家を象徴する武器をデザインした、本当に切れる剣型の髪飾りだ。


「もちお、これは使えるか?」

「……純度九十九パーセント以上のミスリルですね。使用可能です」

「じゃあ修理してくれ」


 クリスが鏡に当てると、髪飾りはふっと姿を消した。少しして、銀のレリーフがひとりでに動き出したかと思うと、元通り美しい姿を撮り戻る。


「修理完了しました」


 もちおの宣言を聞いて、ユラの顔から今度こそ笑みが消えた。


「……は? どうしてそんなものが出てくるんだ? 国内のミスリルは全て回収した! 鉱脈を発見できる可能性のあるドワーフだって、闇オークションで葬ったはず……!」

「囚われの鍛冶職人を店ごと買った、変わり者の侯爵令嬢のせいじゃないかな」


 クリスがおかしそうに笑う。

 ミスリル、闇オークション、ドワーフ、鍛冶職人といえば。


「あ……マリク武器?!」

「君がお見合いの時にお買い上げした彼だよ。クレイモアで保護してたんだけど、去年本当にミスリルの鉱脈を掘り当ててね、試作品としてあの髪飾りが納品されたところだったんだ」


 そういえば、ミスリルで武器が作りたいって言ってたね!


「道理でアクセサリーにしては切れ味がいいわけだわ……武器職人が作った剣なんだもん」

「女神め……どこまでもふざけたことを……!」


 ユラが声を荒げる。

 今の状況は、それぞれが必死に生きて来た結果だけど、運命の女神を敵とするユラには、すべてが女神の仕業なんだろう。


「ユラ」


 ぶつ、とまた嫌な音がした。ユラの首に巻き付いた呪いのアクセサリーが、ぎりぎりと食い込んでいく。


「あなたは、ダンジョンを殺戮者養成所だと言いましたね。その評価は確かに当たっています。今の私はあなたを殺せる……!」

「ぐ……ううっ!」


 ごおっと強いが吹いた。全員が身構えた次の瞬間、ユラの姿が消えていた。


「逃げましたか」

「さすがに不利、ってわかったみたいね」

「よかった……」


 ふっとその場に崩れそうになったセシリアを、あわてて支える。ずっと気を張りっぱなしだったもんね。


「やっとダンジョンから脱出したし、解散って言いたいところだが……」


 ヴァンがガリガリと頭をかいた。


「確認したいことがある。リリィ、セシリア、つきあってくれるよな?」


 ヴァンの問いかけに、私たちは頷いた。


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