あの子の中身
「え……」
リリアーナから手を差し出され、茫然としていたらフランが私を膝から降ろした。立たせて、彼女に向かって背中を押してくれる。
いやなんでだよ。
わけがわかんないんだけど。
「いいの……? 私とひとつになって」
「当然でしょ」
「へえ~侯爵令嬢は心が広……」
「三下は黙ってなさい」
ユラの言葉を、リリアーナがぴしゃりと遮った。
「人が動けないからって、べらべらと……これ以上は言わせないわよ」
「リリアーナ? なんでユラの言動を知ってるの?」
「小夜子と私は繋がってるからね。待機してる間も、あなたの感じたことや考えたことは、全部伝わってたわよ」
「ぜ……全部?」
ってことは、ダンジョン攻略しながら考えてたあれこれとか、フランに抱っこされながら悩んでたあれとかそれとかも全部筒抜けだったってことですか。
「何よ今更。いつものことじゃない。私はあなたで、あなたは私なんだから」
「……そう、だけど」
私がうまく答えられないでいると、リリアーナは小さく息をついた。それから、ユラを振り返って睨みつける。
「ずいぶんといじめてくれたわね。アンタだけは許さないんだから」
「いじめ? 何が?」
「小夜子に向けた言葉、全部よ。異物? 余計なもの? ひとりになった私が自由を満喫してる? そんなもの、全部アンタの妄想でしょ。事実じゃないし、私が感じたことでもない。そうやって小夜子の不安を煽って、追い詰めたことの、どこがいじめじゃないのよ」
リリアーナはもう一度私に向き合う。
「小夜子も小夜子よ! 私のことを一番理解してるのは、あなたでしょ? 私以外の言葉を信じて、勝手に落ち込んで勝手に卑屈になってどうするの」
「……あ、えと」
そうは言っても、私はまだ彼女の言葉がうまく呑み込めない。
嫌われてないことだけは、わかるんだけど。
「侯爵令嬢様は、女神の遣わした存在が迷惑じゃなかったと?」
「そうよ。私が小夜子を嫌だと思ったことなんてないわ」
彼女はきっぱりと断言した。
そこまで言い切るとは思っていなかったのか、ユラもちょっと面食らう。
「だって、あなたが初めてだったもの」
ふっと笑う表情は柔らかい。
「私をいい子だって信じて、幸せにしてあげるって言ってくれたのは」
「え……」
「あなたと出会った十歳の時、私は不幸の底にいた。両親は生きることを諦めて、ぶくぶく太って日々をやり過ごしていた。兄様は家族を嫌って、怒りを周りにぶつけていた。私は執事から悪意ある教育を受けたせいで、何が正しくて何が悪いかもわからない子供だった」
それは、ゲームの歴史のままのリリアーナだ。
この世界で裕福な家に産まれて置いて何が不幸か、と言われるかもしれない。
しかし環境が整っていても、家族が家族として機能していない家庭では子供は決して幸せになれない。
「わがまま放題だった私を気にかけてくれたのは、あなただけだった。私を、本当はがんばり屋だって言って、素敵な淑女になる未来を信じてくれたのは、小夜子だけだったのよ」
「でも、それは……」
「うん。小夜子自身の死にたくない、っていう保身もあったと思う。でも、そんなのどうでもいいの」
リリアーナが一歩、私に向かって踏み出した。
「十歳からの今日まで、私は楽しくて幸せだった。それだけでいい」
いいのか、それで。
人ひとりの人生なんだけど。
私がどうにも踏み出せずにいると、だいたいさあ、とリリアーナがあきれ顔になった。
「あなたと何年一緒にいたと思ってるのよ。今更普通の人生なんてつまんないわよ」
さっさと来なさい、と両手を広げられて。
私は誘われるようにして、彼女の手を取った。
「統合処理を開始します」
どこか遠くで、もちおの声が響いた。
私とリリアーナは触れ合ったところから輪郭が溶けて、そのままひとつに集約されていく。
私はあなた。あなたは私。
私の中には病弱日本人の心と、ファンタジー世界の侯爵令嬢の心が同居している。
どちらの個性も私のもの。
私は小夜子でリリアーナだ。
ふたつに別れていた魂は、これでようやくひとつに……
ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ!
溶け合う心地よさは、唐突なノイズ音によって遮られた。目の前の景色がノイズに埋め尽くされる。いや、私自身がノイズまみれになってるんだ。
「リリィ!」
フランの声が焦りで高くなる。
リリィが小夜子を受け入れるところまでは予想してたけど、処理そのもので問題が発生するとは思ってなかったんだろう。
私はばらばらになりそうな体で、必死に叫んだ。
「もちお……何が起きたの!」
「統合処理中にエラーが発生しました。処理が継続できません」
「エラーの原因は!」
「IDが小夜子とリリアーナの二重に定義されています。存在を一意に定義してください」
「一意に……って!」
とんでもない難問を突き付けられて、私は言葉を失う。
魂を一意に定義する。
産まれながら魂がひとつしかない人間には当たり前のことだ。
でも、私は小夜子で、リリアーナだ。
どっちも同じ私なんだ。
どちらかひとつなんて、決められない。
決まらないのが私だって、そう決めてしまった。
「あ……ああっ!」
ばり、とまたノイズが走った。
体がばらばらになりそうだ。
でも、私は、ワタし、で。
ふらりと足元がゆらいだ瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
ノイズまみれで周りが見えないけど、誰の腕かはわかる。
「要はお前を一言で表せばいいんだな?」
「た……多分!」
しかし自分の人格が多面体と定義した私を、一言で表す言葉なんて見つからない。
「だったら……お前は『俺の女』だ」
なんだそれ、とつっこむ間もなかった。
強引にキスされた瞬間、体を蝕んでいたノイズがぴたりと止まる。
「定義を受諾しました。このIDを『フランドールの女』として定義します」
「ちょ」
「魂の再構築を開始します」
待って、その定義ってどうなの。
存在を決められた私は、フランを想う恋心を中心に再構成されていく。
そこにエラーも矛盾も存在しなかった。
リリアーナが好きなのはフランで、小夜子が好きなのもフランだ。
執着心をこじらせた面倒くさい男を愛する気持ちは、どっちの私にとっても同じ。
そこに一切のズレはなく、あっという間に私が私として形作られていく。
「統合処理終了しました」
もちおの言葉で、私は目をあけた。
景色にノイズはない。
自分の体を見下ろすと、豊かな黒髪と、いつかカトラスで着ていた鮮やかな赤いドレスが目に飛び込んできた。ドレスに見合うプロポーションも健在だ。
「よかった……」
ほっ、とフランが安堵のため息をもらす。
もう一度、ぎゅっと抱きしめられた。
それはいいんだけどね?
私が安定したから、結果オーライなのかもだけどね?
「こんな人前でキスすんなぁっ!」
恥ずかしさのあまり、思わず全力パンチを繰り出してしまったのは、しょうがないと思うの!
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次の更新は4/6です!
【書籍情報】
「クソゲー悪役令嬢3巻」が4月末に発売決定!
加筆やSSなど、書籍情報について近況ノートなどでぽつぽつ配信していく予定です。
ご期待ください!
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