悪役令嬢の実力

「リリィを? あいつ戦力になるのかよ?!」


 真っ先に声をあげたのはヴァンだった。その気持ちはわかる。変な噂は山のようにあるけど、リリアーナ自身は深窓のお嬢様だ。戦闘スキルとは縁がない。

 しかしフランは平然と言い放った。


「あいつの二つ名を忘れたのか?『東の賢者の愛弟子』だぞ。賢者殿にみっちり教え込まれた上で、ハルバード城の兵士相手に治療訓練を受けている。下手な軍医より有能だ」

「ええええ……?」


 私を含む全員が目を丸くした。

 リリアーナの治療術って、世間的にそんななの?

 初耳なんだけど。


「その辺りの意識は小夜子なのか……。リリィの治療術は使える。これは身内のひいき目を抜いた客観的な評価だ」


 話を聞いていたクリスが、ううんとうなる。


「友達を悪く言うつもりはないんだが……じゃあ、何故リリィは普段からそのスキルを使ってこなかったんだ。リリィが誰かを治療しているのを見たことがないんだが」

「それは、使う必要がないからだな。リリィの側には常にジェイドがいた。リリィが軍医程度なら、あいつは熟練の医者レベルだ。専門家がいれば、手を出さず任せる。あいつはそういう奴だ」

「部下が有能すぎて、技能を使うタイミングがなかったのか」


 リリィの立場は『侯爵令嬢』。意思決定し、部下たちが仕事しやすいよう手配するのがお仕事だ。現場で手を使うことじゃない。


「能ある鷹は爪を隠すどころの話じゃねえだろ。何が凡才侯爵令嬢だよ」

「それはしょうがないんじゃないかなー……」


 リリアーナの周囲はとにかく有能な人間が多い。

 最強騎士に、至高ダンサー、辣腕若手実業家に、東の賢者。世界トップクラスの技能を日常的に見ている彼女が、『平均値』を見誤ってしまってもしょうがない。


「リリィ様の技能については、納得しました。しかし、加入させるといっても、今のリリィ様は……」


 セシリアは不安げに視線をさまよわせた。私は無言でメニュー画面を切り替える。

 パーティーメンバー候補画面には、相変わらずノイズのかかったリリィのアイコンが表示されている。


「ノイズがかかっているだけで、呼び出せなかったわけじゃないんだろう?」

「それはそうだけど。……あ、だとしたら」


 私は、お座りポーズで待機している白猫を見た。

 ここはもう第五階層だ。ナビゲーションAIの機能を解放する条件はそろっている。


「もちお、『シミュレーション』機能を解放して」

「かしこまりました」


 ピコン、と音をたてて白猫が一瞬光る。


「もちお、待機状態のリリアーナを呼び出したら、何が起きる? シミュレーションして」

「少々お待ちください」


 白猫はしばらく沈黙したあと、いつもの淡々とした口調で結果を報告した。


「リリアーナ・ハルバードは天城小夜子とIDが重複しています。フィールドに召喚した場合、コンフリクトが発生しエラーとなります」

「コンフリクトを解消するには?」

「リリアーナ・ハルバードと天城小夜子の統合処理を行う必要があります」

「トウゴウ……ショリ……? 具体的に何をするの?」

「両者のデータを融合し、ひとつのデータにまとめます」

「つまり、私がひとりに戻る?」

「IDをひとつにすることを、『ひとりになる』と表現するのなら、その通りです」

「……」


 私が、リリアーナとひとつになる。

 朗報のはずが、私は素直に喜べなかった。

 彼女と私はずっと一緒だったのに。


「元に戻れるんだ、よかったねえ」


 のんびりとした声が投げかけられた。ずっと黙っていたツノつきの悪魔がニヤニヤ笑いながら私を見ている。


「素直に戻れたらいいね」

「……何が言いたい」


 フランがじろりとユラを睨んだ。私の腰に回しているフランの手が、緊張する。


「言ったままの意味だよ。女神の使徒は元々、女神が気まぐれに連れてきた存在だ。いきなりそんなものと生きる羽目になった侯爵令嬢は、今頃ひとりを満喫してるはずだよ。折角別れることができたっていうのに、もう一度他人を同居させろって言われて受け入れられるのかな?」

「……」


 ぎゅうっ、と心臓を引き絞られるような痛みを感じて私は胸を押さえた。

 それは、ずっと感じていた不安だったから。

 私は異邦人だ。

 どれだけ一緒に過ごしてきたとしても、リリアーナにとっては別人格。

 本当に受け入れられていたかどうか、わからない。

 急に現れた他人を疎ましく思っていた可能性はある。

 だとしたら。

 彼女に拒絶されたら、私は。


「単に拒絶されて、はじき出されただけならいいけどね? 主導権を握られたあげくに、侯爵令嬢の中で女神の使徒が消えちゃったりしてね。そしたら、君の意志はどうなるのかな?」

「……それ、は」


 息が、苦しい。

 動揺している場合じゃないのに。


「それとも……」


 さらに何か言おうとしたユラに向かって、ひゅっと何かが飛んで行った。

 見上げると、ユラの体にフランの持っていた剣が刺さっていた。攻撃したけど、同士討ちフレンドリーファイア防止機能のせいで無効化されたらしい。


「黙れ」


 冷たく言い切ると、フランは腰を抱くだけじゃなく、後ろから両手で抱きしめてくれた。


「……ったく、らしくもなく弱気なことばかり言うと思ったら、こいつのせいか」

「ユラのせいって、私は」

「あいつのせいだ。いつものお前ならこの程度の戯言、聞く耳持たん」

「え」


 いやでも状況を考えたらね?


「セシリア、俺もあの白猫に命令できるか?」

「あ、はいどうぞ! もちお、フランドールをユーザー登録します」

「かしこまりました。ご命令をどうぞ」

「もちお、待機状態のリリアーナを召喚して、小夜子との統合処理をしてくれ」

「フラン?!」


 唐突な命令実行に、私は思わずフランを見上げた。

 リリアーナとの統合は必要なことだと思うけど、もうちょっと心の準備とか、安全策とか、やるべきことがあると思うんだけど。

 でも、私の大好きな青年は落ち着いて笑っている。


「心配しなくても、お前が消えることはない」

「なんで」

「あいつも、俺が惚れた女だからな」


 説明になってないよ!

 パニックになっているうちに、もちおの処理が始まった。私の前に、王立学園の制服を着た女の子の姿が現れる。

 豊かな黒髪に、すんなりと伸びた手足、女性らしい丸みを帯びた体。

 濃い睫毛に縁どられた赤い瞳はきらきらと輝いていて、唇は健康的に色づいている。

 体にノイズがまとわりついているけど、そんなことで彼女の美しさは損なわれない。

 私とは天と地ほども違う、絶世の美少女だ。

 全身を表示し終わったリリアーナは、うーん、とのびをした。


「あ~やっと出られたぁ~!」


 整いすぎてお人形みたいだった顔に、イキイキとした表情が宿る。

 彼女はフランの腕の中にいる私を見つけると、笑顔でこちらに手を差し伸べてきた。


「小夜子、来なさい。ひとつに戻るわよ!」




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次の更新は4/4です!


カクヨム内で新作恋愛ファンタジー連載開始しました!

あわせてどうぞ!


「追放魔女は屈しない!~おっぱい触らせてくれない女はいらないと勇者パーティーを追放されたので勝手に世界を救います」

https://kakuyomu.jp/works/16817330655038696305

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