コンプレックスパニック

 フランは、持っていた剣で襲い掛かってきたスキュラの攻撃を受け止めると、力任せに押し返した。勢いに押されて、スキュラがわずかに後退する。


「……?」


 あまりに手ごたえがなかったせいだろう。敵を押し返しながらも、フランの反応が困惑したものになった。


「そい……物理、きかな……」


 まだ荒い息を必死に整えて、言葉を紡ぐ。それで状況を察したらしいフランは、口の中で何かをつぶやいた。

 スキュラが再び武器を振り下ろしてきた。

 ヴァンたちをなぎ倒した一撃だ。しかしフランは青い火花を散らしながら、持ちこたえる。

 何か魔法を使った防御スキルなんだろう。


「ぐ……っ!」


 スキュラの攻撃を受け止めるフランの横顔が苦痛に歪む。

 相手は数人がかりで倒すはずのボスキャラなんだから、当然だ。彼ひとりでどうにかなるものじゃない。でも、一瞬の足止めさえできれば十分だ。

 スキュラの背後から飛んできた火の玉が、炸裂した。

 セシリアが詠唱していた魔法が完成したのだ。

 甲高い悲鳴をあげながら、スキュラが光の粒となって消えていく。

 私たちの、勝利だ。

 ただ三人だけ生き残った私たちは、勝利の余韻にひたることもできずに、ぼんやりとその場に立ち尽くす。


「……それで、これはどういう事態なんだ?」


 ややあって、フランがつぶやいた。

 そういえばとにかく助けてもらったけど、フランは何も事情を聞かされていない。混乱するのは当然だ。状況を説明しなくちゃ。

 私が口を開こうとした瞬間、くるりとフランがこちらを振り向く。

 綺麗な青い瞳と目があった。


「……あ」


 途端に、言葉が出なくなった。

 どくどくと、さっきとは別の意味で鼓動が速くなる。熱いはずの体がすっと冷えて、手先が震えだす。


「お前……小夜子か?」

「っ!」


 名前を呼ばれた瞬間、私は恐怖にかられて逃げ出した。


「あ、おい!」


 困惑する声が後ろから追ってくるけど、構ってられなかった。

 駄目だ、嫌だ、怖い。

 彼の前にいられない。

 ずっと会いたかったのに、ずっと一緒にいたかったのに。

 でもそれはリリアーナとしての話だ。

 小夜子のままで、彼の前に立つなんてこと、できない。


「小夜子!」


 がし、と後ろから伸びて来た何かに捕まった。そのまま、フランの腕の中に閉じ込められる。

 所詮私は病弱少女だ。

 騎士の足から逃げられるわけもなかった。


「や……離して!」


 だからってそのままでもいられない。

 私は往生際悪く、じたばたともがいた。


「お前小夜子だろう! どうして逃げるんだ!」

「無理……無理ぃぃ……!」

「だから落ち着け! 勝手に結論を出して勝手に逃げるな!」


 ぎゅうっと抱きしめられたせいで、もうどこにも行けない。

 私は必死で、かぶっていたニット帽を引き下ろして顔を覆った。こんなことしたって無駄だってわかってる。でも、フランの前に顔をさらせなかった。


「だ……だって、こんな格好、フランに……見せられない……」

「は?」

「ほ、本当の私は、ブスで貧弱で……リリアーナみたいに、綺麗じゃないもん。こんなの、フランに見られたら……き、きらわれ……」


 ぼろ、と涙がこぼれる。

 ああ嫌だ、なんて情けない。

 小夜子の私は、心も体もダメすぎる。

 フランみたいに、かっこよくて綺麗な男の人と恋愛して、私の恋人よって言えたのはリリアーナの体だったからだ。健康で綺麗な女の子だって自信があったから言えたこと。

 小夜子の体は骨と皮ばかりで、傷だらけだ。

 もし健康だったとしても、顔のつくりは平凡な日本人そのもので、何やっても美少女になんてなれない。

 こんなブス、フランどころか、誰にも好きになってもらえない。

 あの青い瞳が失望に曇る姿が見たくなくて、私は必死で目を閉じる。


「なんだ……そんなことか」


 恐怖に縮こまっている私の耳に届いたのは、思いのほか穏やかな声だった。

 ぽんぽん、と優しく背中を叩かれる。


「俺たちは結婚するんだろう? 一生を共に、という誓いは病める時も変わらない。少々かたちが変わったからといって、お前を嫌うわけがないだろう」

「びょ……病気とか、そういう問題じゃないし……!」

「似たようなものだろう」


 仮想世界で分裂してるのは、『似たようなもの』でくくれる事態じゃないと思います!


「だいたい、フランってリリィの見た目も結構好きじゃん!」

「確かにそれも要素のひとつだがな。お前はそれだけじゃないだろう」


 もう一度、フランの手が私の背中にあてられる。暖かい手だった。


「ツラの皮の良し悪しだけで、こんな面倒くさい女に惚れてられるか」


 背中をよしよしされて、私は返す言葉を失う。


「で? そろそろ泣き止んでくれないか。俺としては久々に抱きしめた恋人に、拒否されるほうがつらいんだが」

「……まだちょっと無理」


 私はぎゅっとフランの胸にしがみついた。

 だってしょうがないだろ。

 さっきは怖くて涙が出てたけど、安心した時にだって涙は出るんだから!

 そろ……と頭に移動しそうになったフランの手を止める。


「おい」


 頭ナデナデは、いつもやってもらってたことだけどね!


「触っちゃだめ。っていうか、触らせられない。……それと、顔も見ないで」

「俺は気にしないが……」

「私が、嫌なの!」


 フランが嫌わないって言ってくれても、ブスなのは変わらないから!


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次の更新は3/30です!

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