強制ボス討伐
「後ろからきてる!」
「早すぎんだろ! サヨコ、先に行け!」
「わわ、わかってるけど!」
鬱蒼とした森の中、私たちは大急ぎでボスモンスターの弱点『スキュラの核』を目指していた。その後ろからは、幽霊狼とボスモンスターが追ってきている。
装備とアイテムをそろえてからアタックしようと思ってたのに、とんだ大番狂わせだ。
「つくづくいらないことばかり……!」
足の遅い私をかばって走りながら、セシリアが忌々し気に漏らす。気弱なセシリアが悪態つくって、相当だぞ。横を見たら、ユラは走りながら頭を抱えていた。
「いやさすがに今回は不可抗力だから。仕掛けてもいない悪戯で君に憎まれるのは耐えられない」
ねえそれ、意図した悪戯で憎まれるのはオッケーって言ってない?
相変わらずユラの落ち込みポイントが意味不明なんだけど。
「もちお、『スキュラの核』は!」
ヴァンが叫ぶ。存在を主張するように、白猫がジャンプした。
「この奥、7メートル先です」
「サヨコとセシリアは先に行け! 敵はここで食い止める!」
「はいっ!」
「行こうか、愛しの君」
「お前はこっちだ」
セシリアと一緒に先行しようとしたユラの首根っこをヴァンがひっつかんだ。セシリアと引き離されて、ユラの顔が嫌そうに歪む。
「毒でも麻痺でもなんでもいい。持ってるスキル全部使ってスキュラを止めろ。能力が低いんなら、全力出しても邪魔になんねーだろ」
「ったく、勘のいい指揮官は面倒くさいったら……!」
ユラは舌打ちしながらもその場にとどまった。
セシリアに『戦闘の手は抜かない』と誓っているユラは、指揮官の命令に逆らえない。彼の影が床一杯に広がったかと思うと、モンスターたちに襲い掛かっていった。
「私が道を開きます。小夜子さん、走って!」
「わかった!」
私は攻略本を開けながら必死に走る。
『スキュラの核』は、イベントオブジェクトだ。破壊に武力は必要ない。ただ解除パスコードを入力すればいい。本来はダンジョン中に散らばったヒントを元にコードを推理するイベントだけど、そんなもの私には関係ない。直接コードを入れるまでだ。
「3、5、8……9! オッケー!」
番号が間違いないことを確認して、私は決定ボタンを押した。
背後から、耳が痛くなるような甲高い悲鳴があがる。振り向くと、スキュラが四本の腕で頭についたいくつもの仮面を押さえてのたうちまわっていた。弱点破壊が成功したのだ。
「よし……これで!」
スキュラを押さえていたヴァンたちが勢いづく。私は彼らに向かって叫んだ。
「油断しないで! 核破壊後、HPが十五パーセントを切ったら、最期の大暴れモードに入るから!」
「そんなことだろうと思った!」
クリスが剣を構えたまま、敵を睨む。彼らの目の前で、仮面を破壊されたスキュラは六つの口を同時に開いた。すさまじい咆哮がびりびりと辺りの空気を震わせる。
叫び声が収まると、スキュラの姿が変化していた。
小さな青白い光がいくつも出現して、ボスを守るようにただよっている。
「もちお、スキュラの白い光は何だ!」
ヴァンの叫びに、白猫が冷静に答えを返す。
「スキュラの最終防衛システムです。あの光を纏っている間は、全ての物理攻撃が無効化されます」
「また物理かよ!」
舌打ちして、ヴァンがこっちを振り返った。
「セシリア、魔法で攻撃! ユラ、お前もだ! 回復のことは考えるな!」
「はいっ!」
「はいはい」
セシリアが詠唱を始める。その横で私は所持品ボックスを開いた。
彼女が攻撃魔を使っている間、ヴァンたちの命を支えるのはアイテムだ。さっきセーフエリアを慌てて飛び出してきたから、薬の再分配ができてない。私がみんなに配ってあげないと、誰も回復できなくなってしまう。
「ケヴィン!」
腕から血を流すケヴィンに回復薬を投げる。マンティコア戦ではユラに投げてもらってたけど、今のユラは魔法戦闘中だ。自分でなんとかしなくちゃ。私の貧弱さを予想していたのか、ケヴィンはこっちに走ってきて、薬をキャッチしてくれた。
「ありがとう。でも、あまり前に出ないで!」
「でも……ケヴィン!」
薬を飲もうとしたケヴィンに、スキュラの攻撃が迫る。飲みかけの薬を放り出して、ケヴィンはその刃を受け止めた。
「くっ……!」
回復させてあげたいけど、無力な私は見ていることしかできない。ヴァンがフォローに入ろうとこちらに足を向けた時だった。
どんっ、と大きな音がしてスキュラの顔がはじけた。セシリアの魔法攻撃が当たったんだ。
よく見ると、スキュラの体には無数の黒い鎖がまとわりついている。多分こっちはユラの魔法だ。鎖もまた、じわじわとスキュラの体力を奪っている。
「もちお、スキュラの残存体力は?」
私はナビに尋ねた。全員が目の前の判断で忙しい中、問いかけできる余裕があるのは私だけだ。
「五パーセントです」
「ってことはあと一撃!」
セシリアは真剣な顔で詠唱を続けている。ボスモンスターの体力を削るような大技は、その威力に比例して集中に時間がかかる。彼女の顔は真っ青だった。
スキュラは、ゆっくりとセシリアに視線を向けた。
さっきの攻撃で、最大の脅威がセシリアだと判断したのだ。
「行かせない!」
流れる血もそのままに、ヴァン、ケヴィン、クリスがスキュラの前に立ちふさがった。物理攻撃がきかない以上、彼らにできるのは間に立って肉壁となることくらいだ。スキュラの四本の腕が彼らに襲い掛かる。
「ぐっ……あぁっ!」
受け止めそこねて、ケヴィンが吹っ飛ばされた。そのまま周囲の木に激突して、動かなくなる。
「ひるむな!」
仲間が戦闘不能になっても、クリスとヴァンはスキュラから視線を外さない。
幸か不幸か、仲間の死には慣れてしまった。今彼らがやるべきことは、ケヴィンを助けることじゃない。セシリアを守ることだ。
スキュラがふたたび腕を振り上げる。
黒い鎖に絡みつかれて、その動きは緩慢だ。このまま持ちこたえていれば、セシリアの魔法であいつを倒せるはず。そう思った矢先に、突然鎖が消えた。
「ユラ!」
鎖は彼の担当だったはずだ。何故消えるのか。
ユラを振り返った私は、すぐにその原因を理解した。
「ごめ……限……界」
がはっ、と黒い血を吐きながらユラがその場に崩れ落ちる。いつのまにそうなっていたのか、ユラはHPもMPもゼロになっていた。限界以上に魔力を使いすぎて、魔法が維持できなくなったのだ。
「ああもう肝心な時に!」
ヴァンとクリスが必死にスキュラを止めようとする。でも、無駄な努力だった。
拘束を解かれたスキュラの一撃は、彼らを木の葉のように吹き飛ばしてしまう。
「あ……」
やばい。
ぞっと悪寒が背筋を這いのぼる。
今残っているのは、無力な私と詠唱中のセシリアだけだ。
魔法を放つ前にセシリアが絶命したら終わりだ。私たちは全滅してしまう。
ダンジョン内に真実の死は存在しない。ゲームオーバーになっても、きっと少し前の状態からゲームが再開するだろう。全員セーフエリアに蘇生されるはず。
でも、私は?
セシリアたちと違って、私に肉体はない。
死者蘇生が正しく実行される保証はどこにもない。
再開時に私だけいない、なんてこともありうる。
全滅は、危険だ。
生き残りたいのなら、今ここでスキュラを倒さなくては。
「小夜……」
「詠唱続けて!」
私は立ち上がると、そのへんにあった石をひろいあげた。
足りない腕力で、それでも力いっぱいスキュラに向けて投げつける。
「来い!」
ぐる、とスキュラの視線がこっちに向いた。
ダンジョンモンスターが攻撃対象を選ぶパターンはふたつある。ひとつは脅威度、そしてもうひとつは対象の貧弱さ、だ。
いまだにHPが一桁の私は絶好の獲物だ。
私は全力でセシリアとは反対方向に走り出した。
「……っ!」
追いつかれたら、死ぬ。
セシリアと一緒にいたって、死ぬ。
でも、私がセシリアが詠唱を終えるまで持ちこたえたら?
敵さえ倒せば私たちの勝ちだ。
私が囮になれば、勝利の可能性が残る。
それがわずかなものだとしても、道があるなら賭けるしかない。
「死んで……たまるか!」
がしゃん! と背後で大きな音がした。
スキュラが何かをなぎ倒したんだろうけど、確認はできない。今の私に後ろを振り返ってる余裕なんかないからだ。
死にたくない。
生きたい。
生き延びたい。
一度死んでおいて今更? いいや、一度死んだからこそだ。
小夜子としての人生は、ずっと死と隣り合わせだった。
自分に先がないことはわかってた。
だから、後に未練を残さないよう、自分を納得させて、感情を全部押し込めて、無理矢理穏やかな死を迎えた。
でも女神から与えられた二度目の生は違う。
健康な体と、優しい家族と、頼もしい仲間がいる。
将来を誓いあう恋人もできた。
この世界に産まれて、始めて未来に夢を描くことができたんだ。
明日は何が起きるのかな、ってわくわくしながら眠る幸せを手放したくない。
ずっとあの人と一緒にいたい。
こんな重い未練を抱えて死ねない。
死んでたまるもんか。
「ひ……っ!」
すぐ背後に風を感じた。
スキュラの持つ武器か、爪か牙か。何かはわからないけど、私を殺そうとする何かが、ぎりぎり通り過ぎていったんだろう。
息が苦しい。
これ以上走れないと体が悲鳴をあげている。
でも、私はまだ、諦めない。
なお先に進もうと、足を踏み出そうとした時だった。
ピンポーン、と唐突なチャイム音が響いた。もちおの淡々とした声が続く。
「外部よりログイン申請を受けました。許可しますか?」
「外部……っ、きょ、許可しますっ!」
セシリアが叫ぶように応えた。何かが、フィールドに出現しようとしている。
「誰でもいい……っ! お願い、小夜子さんを助けて!」
「承知した」
ガツン! とごく近くで何かがぶつかる音がした。
振り向くとそこには、ずっと求めていた青年の後姿があった。
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