カンスト経験値
「えーと、第二階層で私はユラが高レベルすぎて追い出せないって言ったけど、それはあの時点での話なんだよね」
説明しながら、私はメニュー画面を展開した。
「あの時のパーティーのレベル平均はだいたい二十五。対してユラはレベル五十の魔法戦士相当のパラメーターだった」
「レベルが二十以上違う相手とは勝負にならねえ。……そういうことだよな」
「うん。でも、今のヴァンたちは違う」
各メンバーのステータスを順に表示させていく。現在は、ヴァンがレベル五十五、ケヴィンがレベル五十四、クリスがレベル五十六。成長特性のあるセシリアに至ってはレベル六十二だ。
「私たちのパラメーターが、ユラを上回っている……?」
数値を見比べていたセシリアが目を丸くした。
「普通のゲームだったら、高レベルキャラも他キャラが成長する間にちょっとずつ成長するし、レベルが追いついた後は同じスピードで成長するものなんだけど……」
私はユラのパラメーターを見つめる。
名前の隣に表示されたレベルは最高値の九百九十九だ。
「ユラは経験値がカンストしてる。つまり、これ以上成長できないんだ」
「え……? じゃあ、ユラのパラメーターはずっとこのままなんですか?」
「システム上はそうなる。この四階層の敵キャラのレベルはだいたい五十五で、ボスが六十。ユラのパラメーターだと、相手のほうが強くて押し負けちゃうんだよ」
「なるほど、だからユラはあてにできねーのか」
こんなところまで、序盤お助けキャラムーブしなくても良いんだけどね。
「確かにそれは残念かもしれないが……パラメーターが上回った、ということはようやくコイツを追放できるんじゃないのか」
パキ、と拳を鳴らしてクリスが微笑んだ。うん、気持ちはわかるけどね?
「それはまだちょっと待って。レベル数依存の超必殺技とか、隠し玉を持ってる可能性があるから。そういうスキルを使われても瞬殺できる程度にはこっちが成長しないと、危険だと思う」
「レベル差自体はまだ健在、ということか……難しいな」
「共存するって道はないわけ?」
「そういうセリフは、共存したくなるような善行を積んでからにして」
私がユラをパーティーに入れたままにしてるのは、慈悲じゃないからね? そっちのほうが安全ってだけだからな?
私たちを見て、ヴァンがため息をつく。
「結局、このメンバーでやりくりするしかないってわけか。……もちお、『スキュラ』の現在位置を教えてくれ」
「はい、こちらです」
ヴァンが命令すると、セーフエリアで一緒に休憩していた白猫が立ち上がった。ヴァンの目の前に地図が表示される。地図にはセーフエリアに集まる私たちのアイコンと、少し離れたところに敵を示す大きな赤いアイコンが描かれていた。
スキュラの移動にあわせているんだろう、赤いアイコンはゆっくりと地図上を移動している。
「スキュラの残存体力は?」
「三十二パーセントです」
「このフロアに残されたアイテム『スキュラの核』はあといくつだ?」
「あとひとつです。この核を破壊すると、スキュラのヘルハウンド召喚可能上限が一に、さらに『防護の仮面』が機能停止します」
「……スキュラの核のありかは?」
「地図にポイントします」
もちおの声とともに、地図上に緑のアイコンが出現した。
「もちお、ご苦労。……コイツが意外に使えるってのだけが、救いだな」
「腐っても女神の作ったナビだからねえ」
当初、全く会話の成り立たなかったもちおだけど、第三階層を突破して機能拡張したことで、ちょっとだけ人間らしい返事をするようになった。
「システムチェックしてバグを直す」みたいな、複雑な命令は実行できないけど、元からある機能をカスタマイズしたり、拡張したりするくらいはできるようになっている。
今私たちの目の前にいるこのちょいぽちゃでブサかわな白猫も、カスタマイズの賜物だ。
天の声がどこからともなく降ってくるのが、どうしても気持ち悪いというクリスの希望で、『もちお』の存在を示すアバターを作ったのだ。
モデルはもちろん、おじいちゃん家の猫もちおだ。
白猫がしゃべるのってどうなの、と思ったけどファンタジー育ちのメンバーはそれで納得したらしく、もちおを仲間のひとりとして扱っている。
「第四階層を突破したら、今度はシミュレーション? ができるようになるんだったか?」
ヴァンの問いかけに私は頷いた。
「うん。今まではただ命令に結果を返すしかなかったけど、拡張後は結果予想……ええと、命令を実行したら何が起こるのか、とか、結果のために何をしなくちゃいけないか、とかそんなことまで答えてくれるようになるはず」
「だいぶできることが増えるな」
「そんなにいろいろできるんなら、最初から全部の機能を解放しておけばいいのに」
横で聞いていたクリスがうんざり顔で言う。
まあいちいち機能解放のために階層を潜っていくのは大変だもんね。
でも、と私は思う。
「これも安全策のひとつだと思うよ。強い権限は強い武器と一緒だから」
「うん?」
「あとから気づいてぞっとしたんだけどさ……バグ修正ってことは、このシステム内の不正データを正すってことなんだよね。で、私はリリアーナの体に入ってた、他人の魂でシステム的には不正データの一種じゃない?」
「……うん?」
「ってことは、何も考えずに『バグを直して』って命令してたら、今頃私自身が不正なものとして消去されていた可能性が……」
ぶは、と話を聞いていたユラが噴き出した。
笑ってんじゃねえ。不正データはお前も一緒だぞ。
「コレに限らず、強力な命令は深刻な事故の元だからね。もちおが何をできるのか、ちゃんと理解した上で命令できるよう、段階的に機能を解放してるんだと思う」
「言ってる意味は正直よくわからないが……とにかく、危険だから制限してあるんだな。わかった、サヨコが消えるのは嫌だから我慢する」
神妙な顔で頷かれて、私も頷き返した。
軽率な命令、駄目、絶対。
「第四階層もあとちょっとだ。スキュラの核を壊して、さっさと倒すぞ」
ヴァンが立ち上がった。
話しているうちに、全員の息は整っている。目的地に向かって移動できそうだ。
「もちお、もう一度スキュラの場所を教えて」
命令すると、敵キャラアイコンつきの地図が表示された。
あれ? なんか近いな?
さっき見た感じだったら、もっと遠くを歩いててもよさそうなのに。
「ねえ、スキュラの体力ゲージの色がおかしくない?」
横から地図を覗き込んでいたケヴィンが言った。確かに、さっきまで黄色だったゲージがオレンジ色になっている。
……オレンジ?
「もちお、スキュラの残存体力を教えて」
「二十九パーセントです」
「さっきまで三十あったろ。なんで減ってるんだ?」
「あー……もしかして、さっき足止めに使った鎖の魔法のせいで、毒が回った……とか?」
珍しく、ユラが困惑顔になった。
お前なんてことをしてやがる。
「ユラ」
セシリアに睨まれて、ユラが降参のポーズになる。
「これは、おふざけでもイタズラでもないって! ステータス差があるから、足止めはともかく毒の効果まで通ると思ってなかったんだよ」
「どうだか」
「勝手に体力が減ってるならいいんじゃね?」
「普通はね! でも、スキュラは移動ボスなんだよ!」
地図上のスキュラは、一歩、また一歩とこちらに近づいてきている。
やばい。
「あいつは体力が三十パーセントを切ると、セーフエリアを無視してどこでも襲ってくるようになるの! 今すぐ『スキュラの核』を破壊しにいかないと全滅する!」
事態を理解して、ヴァンたちの顔色が変わる。
スキュラの足音が、ずんっ、と直接響いてくる。地図上のアイコンも、もうすぐそばだ。
「走れ!」
私たちは大急ぎでセーフエリアから飛び出した。
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