追いかけっこ
「ったくしつこすぎだろ!」
「とにかく走りましょう」
「もちお、セーフエリアまでのルートを案内して!」
「かしこまりました。こちらへ」
落ち着いた男性の声で返答があったかと思うと、真っ白なちょいぽちゃ猫が先頭に立って走り出した。全員慌ててその白猫の姿を追う。
ポンコツAIナビもちおを加えた私たちは、二時間後の現在、第三階層を突破して第四階層にまで到達していた。
海底ダンジョンのお次は再びの森ダンジョンだ。
しかし森ダンジョンといっても二階層とは傾向が違う。道端にお花が咲いているような明るい森の小道ではなく、鬱蒼とした木々が生い茂る樹海ダンジョンである。生えている木々は意味もなく節くれだって曲がりくねってるし、黒い葉っぱの間から差し込む陽の光は弱弱しい。
出現するモンスターも、樹海にふさわしいホラーなデザインだ。
首無し鎧のデュラハンとか、人面コウモリとかやめてほしい。作り物だってわかってても、おどろおどろしい見た目で迫ってこられたら、普通に怖い。
しかも、この階層の厄介な仕掛けはこれだけじゃない。
「は……」
ぜいぜいと荒い息をつきながら、私は首だけで後ろを振り返った。
そこには私たちを追ってくる狼の姿があった。
当然普通の狼ではない。本来目があるべき場所は大きくえぐれ、そこから青い陽炎のような炎が噴き出している。体も下半身からしっぽにかけて闇に溶けるように透明化していた。
死して尚獲物を追う幽霊狼である。
マーキングされたら最後、倒すかセーフエリアに逃げ込むかしない限り、どこまでも追ってくるという面倒くさいモンスターだ。その上厄介なことにコイツは単体モンスターじゃなかった。
「来た!」
私たちの最後尾、殿を務めていたクリスが叫ぶ。
狼のさらに後ろ。森の木々の間から人の身の丈を軽く超える異様な影が姿を現した。
体のラインはかろうじて女性に見える。しかし、腰から下は巨大な蛇で、首の上には狼のような仮面をつけた顔が、どこかの仏像っぽく六つもついている。武器を持つ腕も異様で、普通の両腕の他に背中から更に一対、腕がにょきっと生えている。第四階層のボス、『スキュラ』だ。
下手に人間に似た要素が残っているからこそ、生理的嫌悪を誘うモンスターだ。これに比べたら、単純に巨大化しただけの蜘蛛のほうがずっとマシである。
「……!」
六つの顔のうちのどれかが、呪文を唱えた。
言葉が終わると同時にスキュラのすぐそばに新たな幽霊狼が出現する。
「まだ増えんのかよ!」
それを見てヴァンが悪態をついた。
そう、幽霊狼はスキュラの眷属であり召喚モンスター。つまり、スキュラを倒さない限り無限湧きする設定なんである。他でも思ったけど、なんでこう次から次へとタチの悪いモンスターばっかり出てくるかなあ!
「ヴァン、全員の消耗が激しい! これ以上戦うのは難しいよ」
「わかってる! もちお、セーフエリアまであとどれくらいだ!」
「15メートル先の角を右に曲がれば、目的地に到着します」
「だとよ! あとちょっとふんばれ!」
「わ……わか……」
彼らの後を追って走ろうとして足がもつれた。
がくんと体が傾いて、その場に膝をついてしまう。
貧弱な私の体はどこまでも無力だ。こんなところで足を引っ張ってる場合じゃないのに。
「小夜子さん!」
立てない私を絶好の獲物と判断したんだろう。狼たちが一斉にとびかかってきた。
「しょうがないね」
それを見てユラがぱちんと指を鳴らす。どこからともなく現れた真っ黒な鎖が狼とスキュラに巻き付いた。束縛系の魔法だろう。動きさえ止めればなんとかなるはず。
そう思って全員が安堵した時だった。
「なっ……!」
バキン! と派手な音をたてて鎖が引きちぎられた。
狼たちはまた襲い掛かってくる。
「このっ!」
一瞬の足止めの間に追いついてきたクリスが、狼の頭をクレイモアで強打した。鋭い悲鳴をあげて狼は後退する。
「ごめん、触るよ」
その隙にケヴィンがぐい、と私の腕を引っ張った。そのまま肩にかつがれる。途端に視界を流れる景色の速度が速くなった。彼は見習いの身といっても鍛えられた騎士だ。荷物を抱えていても、病弱な村人より彼のほうがずっと速い。
「ごめ……」
「大丈夫だから、掴まってて」
「行け!」
私たちは転がるようにしてセーフエリアに飛び込んだ。
すぐ後ろまで迫っていたエリアボス、スキュラはゲームの仕様に従っておとなしく姿を消した。
「はあ……なんとかなった……」
全員で大きくため息をつく。
私もケヴィンの腕から降ろしてもらって、その場にへたりこんだ。
「階層が深くなったら、その分敵が強くなるとは聞いていましたけど……すさまじいですね」
武器を握り締めたまま、セシリアがうなだれる。その横でクリスが首をかしげた。体力のある彼女も、狼に追いかけまわされたせいで息があがっていた。
「しかもあのスキュラとかいうボス! 扉から離れて歩き回っているのは、どういうルールだ?」
「第三階層までは、ボスは階段前の部屋に居座ってたよね?」
ケヴィンも不思議そうだ。
「敵が毎回同じ手口で来るとは限らないでしょ。そろそろ応用力を試そうって考えなのかもね」
ツノつきの悪魔、ユラがひとりだけ楽しそう言う。意見自体は普通の考察なんだけど、ニヤニヤ笑いつきで語られるとなんか腹立つ。
「いやそもそも、アレ全部お前の配下の魔物なんだろ。まずお前の性格の悪さどうにかしろよ」
「そうは言っても、コレを設計したのは女神だしねえ」
ヴァンのつっこみもどこ吹く風だ。
「敵が絡め手を使うのも厄介だけど、物理耐性が面倒だね」
ケヴィンが眉間に皺を寄せながら腕を組む。私たちのパーティーは、相変わらず物理多めの編成だ。耐性持ちに出て来られるとつらい。
薬で回復しつつ、セシリアに対応してもらってるけど、薬や道具は有限だ。セシリア自身の負担も大きい。
「サヨコは、このダンジョンを何度かクリアしてるんだよね? その時はどうしてたの?」
「魔法の得意なメンバーを仲間にいれてた。アルヴィン先生とか」
「うん……? リリィのお兄さんはハルバードにいるんだよね? それに、先生?」
ケヴィンはますます首をかしげる。
「キャラの前提が違うんだよ。ゲーム内の歴史だと、アルヴィンは家族嫌いで家を飛び出して、王立学園で魔法科の先生やってたんだ」
「先生……? 実業家じゃなくて?」
商才が開花したのは、リリアーナの我儘につきあいだしてからだからねー。
「フランも悪くないけど、あっちだと宰相やってるからスケジュール調整が難しいんだよね。あとは『クリスティーヌ』とか」
「俺?」
現在進行形で物理キャラをやっているヴァンが目を丸くした。
「クリスと婚約してヴァンになってなかったら、女装男子のままだったからね。性別を偽るためには、筋肉がつけられないでしょ? だから魔法で武装してたんだよ」
「なるほど……じいさんのところで騎士訓練していた時間を、全部魔法の勉強に回していたら、そうなってたかもしれない……か?」
「そのへんは、もう『もしもの世界』でしかないけどね」
ヴァンが魔法の才能を伸ばしていたら、楽だったかもしれないけど、今更言ってもしょうがない。
メンバーについて実はもうひとつ裏技があるんだけど、黙っておく。
私たちはここから脱出した後も戦い続けなくちゃいけない。その時になって、情報をユラに利用されたら困る。
「メンバーの入れ替えかあ……うーん、今その攻略方法を聞いても困っちゃうね。現状、俺たちはダンジョンの出入りができないわけだし」
「そこは女神も想定してなかったんだと思う。状況にあわせて仲間を入れ替えさせることで、来たるときに最適なメンバーをそろえる。それも狙いだったんじゃないかな」
このダンジョンは、脱出できない事態を想定して設計されてない。組み合わせによっては攻略不可、いわゆる詰み状態になる可能性は大いにあった。
「このメンバーで、あと魔法が得意といえばコイツだけど……」
全員の視線がツノつきの悪魔に集中した。ユラは肩をすくめる。
「今の僕はあんまりアテにできないと思うよ」
「どういう意味だ?」
ヴァンが眉をひそめた。ケヴィンも疑わしそうな目でユラを見る。
「そういえば……さっきも、狼を拘束するのに失敗してたよね」
「まさか、今更自分の眷属を攻撃できないとか言い出すんじゃないだろうな?」
クリスがユラを睨むけど、彼はその鋭い視線を笑って受け流した。
「そんなことはしないよ。戦闘に関しては手を抜かないって、愛しの君に誓ってるからね。さっき失敗したのは単純なパワー不足」
「うん? お前はめちゃくちゃ高レベルなんじゃなかったのか? どうして今更そんな話になってるんだ」
「状況が変わったからだよ。女神の使徒、君ならわかってくれるよね?」
ユラに話をふられて、私は不承不承頷くしかなかった。
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