幕間:危機(シュゼット視点)

 馬車を急停止させると、フランドール様はすぐに降りていってしまった。はしたないと思いつつ、私も開け放たれた馬車のドアから外を伺う。

 すぐにとんでもないものがこちらに向かってきた。

 馬に乗る少女だ。

 小柄な女の子が大きな馬にまたがっている、というだけでも異様だが、彼女の格好がさらに異常だった。少女は王立学園の女子制服を着ており、頭には猫のような黒い毛に覆われた三角の耳がある。リリアーナの側近、フィーアだ。

 彼女の乗っている馬をよくよく見ると、その馬装には王立学園の紋章が刻まれている。

 おそらく、学園の備品として飼われている馬を拝借したのだろう。

 フィーアは忠実な部下であり護衛だ。

 彼女が主人の元を離れて単独行動するなんて、まずあり得ない。

 つまり、リリアーナによほどのことが起きたのだ。


「フィーア!」


 フランドール様の前まで来ると、フィーアは馬を停めてその場に降りた。よほど急いでいたのだろう、彼女は息を整いきれずにぜい、と苦しそうにため息をつく。


「ご主人、様が……フランドール様でなくては、助けられません」

「わかった」


 短く答えると、フランドール様はこちらを振り返った。


「申し訳ありませんが」

「状況はわかりました。行ってください」


 リリアーナを助ける彼を止める理由はない。彼女は私の友達でもあるのだから。

 フランドール様は御者台にいた従者に声をかける。


「ツヴァイ、お前はシュゼット様を女子寮までお送りしろ」

「かしこまりました」


 従者が短く答える。

 フランドール様は、フィーアが乗ってきた馬にふたたび彼女を乗せると、自分もその後ろにまたがった。


「失礼します!」


 最小限の別れの言葉だけを残して、フランドール様は去っていった。

 その背中を見送ってから、私は馬車の座席に座り直す。残された従者が、静かに馬車の扉を閉めた。ややあってから、王立学園に向かって馬車が走り出す。


「……見せつけてくれますわね」


 誰ともなく、つぶやいてしまう。

 ミセリコルデ宰相家との政略結婚を諦めた理由は、もうひとつある。

 そもそもフランドール様がリリアーナにベタ惚れしているからだ。

 王侯貴族にとって、結婚とは政略のひとつである。婚姻関係ひとつで外交窓口が作れるのなら、安い物だと言う者もいるだろう。

 しかし、婚姻は政略であると同時に、信頼関係でもある。

 自分に一かけらも情を持たない男に嫁いで、得られるものなどありはしない。


「はあ……」


 去っていくフランドール様の目は、まっすぐにリリアーナだけを見ていた。

 あんな風に、ただひたすらに愛情を注がれたら、どんな心地がするだろう。

 王女の自分にそんな恋愛はさせてもらえない。

 私はリリアーナのことが、ひどく羨ましくなってしまった。



==============

次の更新は3/21です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る