幕間:密約(シュゼット視点)

「王妃の立場でハーティアを弱体化させ、キラウェアの属国にすればカーミラ王妃は帰国できる。そんな約束がある、という情報を掴んでいます」

「そ……そんな、あり得ません!」


 あまりに荒唐無稽な約束事に、私は思わず声を荒げてしまった。


「王族の婚姻は、政治戦略のひとつです。でもそれは、お互いの関係を強くし、両者の繁栄を導くためのものですわ。王女を悪意の尖兵とするなんて、そんなバカな話……」

「ですが事実、ハーティア王室は衰退させられています」


 そう言われてしまえば、反論し辛い。

 現実問題として叔母は謀略の限りを尽くしてハーティアを蝕んでいるのだから。


「ご家族から何か聞いていませんか?」

「全く……いえ……ハーティアへの輿入れを一度拒絶したことがある、とはうかがっておりましたけど……男児を授かり、二十年以上も王の妻として生活しておきながら……まさか……」

「彼女はずっと、キラウェアに想う相手がいたようです」

「そのような記録は……ございません」


 私が知らないだけかもしれないが。

 だけど公的記録上、叔母に恋人が存在しないのも事実だ。


「でも……」


 この国に留学して、直接自分の目でハーティア王室の現状を確かめるようになってから、ずっと違和感があった。

 父の話を聞く限り、カーミラ叔母は聡明な女性だった。しかしこの国に嫁いでからの彼女は、乱心したとしか思えない。何故こんな国を陥れるような悪手ばかりとるのか。全く理解できなかったのだけど。

 国に帰り、恋人に会いたい一心だったのならば、説明がつかないだろうか。


「もし、その話が本当なら……叔母様が密約を交わした相手は、先代キラウェア国王、私の祖父だと思います」


 私は心の底に押し込めていた記憶を掘り起こす。

 祖父が死んだのは、私がまだ小さな子どもの時だった。直接会ったのは片手の指に足りるほど。しかし、あの恐ろしさは忘れられない。


「祖父は、妻子も孫も……国すらも、自分の駒と思っていたようですから。異国との婚姻を拒絶する叔母にそんな戯言を囁いてもおかしくありません」


 政略に利用できる価値があるかどうか。

 ただその一点で値踏みされていたと気づいたのは、成長してからだ。


「でも今の国王、私の父は違います。祖父の圧政に懐疑的だった父は、人に人として敬意を払います。少なくとも、家族をただの駒として扱ったり、愚かな嘘でだますような真似はいたしません。信じていただけるか……わかりませんが」


 言いながら、声がどうしても小さくなってしまう。

 祖父を反面教師として育った父は、とても誠実な人だ。私が両国の関係改善のために行動できるのは、その先で必ず父が支援してくれると信じられるからだ。

 しかし、ハーティアの高位貴族はそんなことなど知らない。

 何年も叔母の悪意にさらされ疲れ切っている彼らに、父は祖父とは違うと言っても、信じてはくれないだろう。

 叔母様……おじい様……あなた方はなんてことを。


「あなたの言葉を鵜吞みにはできません」

「その、通りです」

「ですが、かの方は国交のためとはいえ異国に行きたいという娘の我儘を許す程度には、甘いようだ」


 フランドール様は私に手を差し出した。


「疑うばかりでは、建設的な未来が得られません。これからのために、手を結びましょう」

「……感謝いたします」


 私はその大きな手を握り返す。

 やっとたどりついた。

 全てはここからだ。

 安堵に胸をなでおろしながら、心の中でこっそり叔母のことを思う。

 フランドール様は確証のないことを口にしない。叔母に想う人がいたのは、おそらく事実だ。

 愛する人と引き離され、戻りたいという願いを利用された叔母。祖父目線から見れば、彼女は嫁いだ後も奉仕し続ける、キラウェアの忠実な王女だろう。

 しかし私がミセリコルデ宰相家との外交ルートを開けば、立場は逆転する。

 現国王である父目線で見た叔母は、友好国に嫁ぎながら両国の関係を悪化させた罪人だ。

 しかしその立場を憐れと思うには、叔母は罪を犯し過ぎていて。

 どうにもならない状況に、気持ちが沈みかけた時だった。

 コンコン! と鋭いノック音が車内に響いた。


「どうした」


 フランドール様が音のした方向、御者台の小窓に向かって声をかける。すると、小窓ごしに青年が顔を覗かせた。フードを深くかぶったその青年は、フランドール様の従者として紹介された人物だ。


「前方から、妹が」


 言葉は短い。しかしそれだけで状況は伝わったようで、フランドール様の顔色が変わる。


「馬車を止めろ」


 私は馬車の急停止にそなえて、座席にしがみついた。




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