幕間:最終面接(シュゼット視点)

「出してくれ」


 フランドール様が御者台に向かって声をかけると、馬車が進み始めた。カツコツという小気味よい蹄鉄の音と、ゴトゴトと車輪の回る音が伝わってくる。

 私は、座席に座り直すと居住まいを正した。

 真正面に座るフランドール様も、私の様子に気づいたのか視線をこちらに向ける。


「結果は、いかがでした?」

「……結果とは?」


 右目の下にぽつんと泣きボクロのある青年は私を見つめた。研ぎ澄まされたナイフのように鋭い面差しは、美しいけれど恐ろしい。でも、今は気圧されるわけにはいかなかった。

 私は今日、彼の父である宰相閣下の案内でハーティア王宮を見学した。武器検出装置をはじめとした、王宮の最新設備を見せてもらいながら見学エリアを一周。その後は姉のマリアンヌ様も交えて会食もした。ハーティアの政治を担うミセリコルデ家の話を直接聞く、とても有意義な一日だった。

 しかし、この見学会の真の目的はそこではない。


「最終試験、だったのでしょう? 私がミセリコルデ家と手を結ぶに値するかどうかの」


 彼はこの一か月あまり、私たち留学生につきっきりだった。生活をサポートするアテンド役なのだから、当然といえば当然かもしれない。しかし、おそらく彼の本当の仕事は別だ。

 留学生の世話人である彼は、私たちの生活全てを把握していた。授業の得意不得意、図書室で借りた本、食事の好物、購入品の傾向、手紙の送り先。それらの情報を手掛かりに、彼は留学生全員をすっかり調べ上げていた。私たちの誰がどのキラウェア貴族と関係あるのか。王妃と繋がりがあるのは誰か。そして、人柄そのものが信用に値するか。

 その調査の総決算が今日の見学会だ。


「……ぎりぎり、及第点といったところですね」


 試験官の評価は厳しい。

 しかし、合格は合格だ。

 私はできるだけ表情を変えないよう気を付けながら、小さく息を吐いて止めていた呼吸を再開した。


「元々ミセリコルデ家はあなたを拒絶するつもりでした。王妃と手を結んでいるようなら徹底的に利用する。そうでない場合は、模範的な留学生活だけ送らせて、速やかにお帰りいただく……その予定でした」

「私は、とても勝算の薄い勝負をしていたのですね」

「ええ。ですが、リリアーナがあなたを受け入れてしまった」


 フランドール様はわずかに眉間に皺を寄せてため息をつく。


「一度懐に入れた相手を追い払うような真似をしたら、嫌われる」


 青年は大真面目な顔でそう言い切った。

 首の皮一枚つながったのは喜ばしいが、判断基準が侯爵令嬢の機嫌ひとつなのはいかがなものだろうか。黙っていると、フランドール様はくっと口の端を吊り上げた。


「そう馬鹿にしたものでもありませんよ。彼女は勇士七家を始めとした、高位貴族当主のほとんどから気に入られています。友人なのだと知れば彼らもあなたの話に耳を傾けるでしょう」

「あの方は、とんでもない最強のカードだったのですね」

「友情ひとつで外交の窓口を手に入れたあなたは運がいい。大事にすることです」


 そう言いながらも、フランドール様は底冷えするような視線を私に向けた。信頼は責任でもある。もし彼女を裏切るようなことがあれば、彼は容赦なく私を切り捨てるだろう。


「……肝に銘じます」

「そうしてください」


 こちらを睨んでいた青年が、わずかに表情をゆるめた。これで面接はおしまい、ということらしい。私は今度こそ大きなため息をついた。


「はあ……結局同級生の友情に助けられるなんて、人のつながりは予想できないことばかりですわ。ミセリコルデ家と縁を結ぶにあたって、あなたと政略結婚する覚悟すらしてたのに」

「それはなかなか、大変な覚悟だ」


 私の決死の覚悟を、フランドール様は鼻で笑った。


「そう笑わないでくださいませ。王家の婚姻は同盟の基本と教えられてきたのですから。でも、この国に来て考えを改めましたわ。政略によって嫁いできたキラウェアの姫君を政敵とする宰相家は、政治的な花嫁を望まない」

「その通りです」


 フランドール様は大きく頷く。ほぼ本音だ。

 心の底から私との婚姻を望んでいないのだろう。彼が誰を愛しているかを考えれば、当然の話かもしれないが。


「まさか、カーミラ叔母様がこれほど恨みを買っているとは思いませんでしたわ」

「シュゼット様は、王妃とキラウェアの密約をご存知ないのですか?」

「何の……話です?」


 嫌な予感がした。


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