ふっかつのじゅもん
「ヴァン!」
どさりと力なく地面に転がるヴァンの姿を見て、クリスが悲鳴をあげた。
彼女たちの周りでマンティコアの巨体が光の粒となって消えていく。あの毒針の一撃は本当に最後の悪あがきだったんだろう。
体を貫いていたサソリの尾が消えて、ヴァンの胸にはぽっかりと穴があき、そこから大量の血が溢れ出していた。いつも輝いていた深い紫の瞳に光はない。彼がもう絶命していることは明らかだった。
クリスは血で汚れるのも構わずに、婚約者の体にすがりついた。
「ヴァン! ヴァン、起きろ! 何やってんだ、死んでる場合じゃないだろ!」
彼女の瞳からはぼろぼろと涙がこぼれる。あまりの状況に、ケヴィンもまたその場に茫然と立ち尽くしていた。私はクリスとヴァンの側に駆け寄る。
「ずっと一緒にいるっていったのに……! 嘘つき! 起きろ! 起きろってば!」
がくがくとヴァンの体をゆさぶるクリスの手に、自分の手を重ねた。
「クリス、落ち着いて。大丈夫だから」
「何が大丈夫だ! こ……こんな……胸に穴があいて……! 血が……!」
「大丈夫だよ」
「だからどこが!」
「セシリア、あのスキルはアンロックしてあったよね」
私は一緒にクリスの側にやってきていたセシリアを見上げる。彼女はしっかりと頷いてくれた。
「はい、準備できてます。残存魔力も問題ありません」
「じゃあお願い」
「え……?」
セシリアはヴァンの体の側に跪くと、両手を組み祈るような姿で呪文を唱え始めた。このダンジョン内だけで有効な、特別スキルだ。
彼女が言葉を紡ぐと、ぼんやりとヴァンの体が光り始めた。ううん、光っているだけじゃない。光とともに胸にあいていた穴がふさがっていく。地面に広がっていた血もいつの間にか消えていった。
みるみるうちにヴァンの体は服ごと元の姿に戻っていった。
セシリアの呪文が途切れると同時に、ふっと光が消える。
そして明らかに絶命していたはずのヴァンの瞳に、生の光が戻った。
「ん……? あれ?」
ひょこ、と何事もなかったように体を起こす。自分でも状況が把握できないのか、きょとんとした顔で辺りを見回した。
「どうなってんだ、これ?」
「ヴァン!」
元気な婚約者の姿を見て、我慢できなくなったんだろう。クリスはヴァンを全力で抱きしめた。
「わあっ! ちょっ、待て! 痛い痛い痛い!」
「ヴァン! ヴァン! ヴァンっ!」
「だから、手加減……」
「生きてる……生きてるぅぅぅ~~~!」
泣き出してしまったクリスに抵抗するのを諦め、ヴァンは大きくため息をついた。
「……で? どういう状況だ? 俺はあのバケモノにやられて死んだはずだよな?」
「だよね……」
ヴァンが生き返ったのを見て気が抜けたのか、ケヴィンもその場にへなへなと座りこむ。
「さっきも言ったでしょ。このダンジョンは探索者が大怪我しない仕組みになってるって。ここにいる限りは、たとえ死ぬような怪我をしても生き返ることができるんだよ」
「死者蘇生? そんな魔法まで使えるのかよ!」
「正確には死のうとしても死ねない状況だね」
ユラがにやにや笑いながら補足する。
「死ねない?」
「えーとね、そもそもここは現実の世界じゃないんだよ」
私の説明を聞いて、ヴァンとケヴィン、そして泣いていたはずのクリスもぽかんとした顔になった。
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