ボス戦やるよ!

 マンティコアとの戦闘は、一見問題なく進んだ。


「クリス、右脚を防御! ケヴィンは追撃!」


 ヴァンの指示に従い、クリスとケヴィンが走る。後方に待機している私の横で、セシリアは自分の魔力に集中していた。呪文らしい言葉をつぶやくたびに、彼女の周りの空気がどんどん研ぎ澄まされていく。


「くっ!」


 ケヴィンの腕を、サソリの尾がかすめた。


「ケヴィン!」

「平気!」


 一瞬、毒消しの瓶を投げようとしたヴァンを、ケヴィンが声だけで止める。サソリの鉤爪は腕をひっかいただけで、毒に犯されるほどではなかったみたいだ。

 ほっと息をつく間もなく、マンティコアは前脚を騎士三人に向かって振り上げる。

 一度受けただけで致命傷になりかねない、重い一撃をクリスがいなした。バランスを崩したマンティコアの胴体に向かって、ケヴィンが紫色の光をまとわせたモーニングスターを振り上げる。

 兵装スキルを使った強烈な一打は正確に急所をえぐった。

 しかし、不気味なライオンの化け物には大した打撃にはならない。一度地面に転がりはするものの、けろりとした顔でまた襲い掛かってきた。


「物理攻撃がきかねえって聞いてたが、まさかここまでとはな……!」


 クリスのフォローをしながら、ヴァンが嫌そうに顔をしかめた。

 魔力以外の方法であのバケモノを倒すことはできない。はらはらしながら、彼らを見守っていた私の隣でふっとセシリアの声が途切れた。呪文の詠唱が終わったのだ。


「ヴァン!」


 言霊で魔法を構築しているセシリアはそれ以外の言葉を発せない。私は彼女に代わって攻撃のタイミングを知らせた。声に反応して、ヴァンたち三人の動きが変わる。


「退避!」


 ヴァンの鋭い声に従って、三人が同時にその場から飛びのいた。敵に取り残され、マンティコアの周囲がぽっかりとあく。

 そこへ、青白い炎の塊が出現した。

 人の体ほどもある大きな火の玉は、マンティコアの体を包み込む。たてがみごと全身の毛皮を燃やされ、化け物は初めて苦痛の叫び声をあげた。


「やったか?」

「あと半分!」


 敵の残存HPを確認して叫ぶ。野生の獣なら、ある程度痛手を受けた時点で逃げるだろう。しかし、こいつはダンジョンクリーチャーだ。十分の一でも百分の一でも、HPが残っていたら生きているのと同じ。絶命するまで攻撃をしかけてくる。


「もう一撃、いくぞ!」


 体勢を整えて、クリスがマンティコアに向かっていく。しかし、化け物は騎士たちを無視してセシリアに体を向けた。己の体力を大きく削ったセシリアを、『より危険な脅威』とみなして、最優先攻撃対象としたのだ。


「足止めくらいはいいかな」


 私たちの側でのんびりあぐらをかいていたユラがぱちんと指を鳴らす。今にもこっちへ飛び掛かってきそうだったマンティコアは、不自然に脚を止めた。その隙をついて、武器をそれぞれ金、緑、紫に光らせたヴァン、クリス、ケヴィンの三人が攻撃を加える。

 物理的に行く手をふさがれ、騎士たちを倒さなくてはセシリアに近づけないと判断したのだろう。マンティコアはふたたびクリスたちに向かって攻撃を加え始めた。

 セシリアはもう一度自分の魔力に集中する。


「ぐっ……!」


 ケヴィンの腕からぱっと赤い血が散った。踏み込んだクリスを攻撃してきたサソリの尾をはじこうとして、逆に腕を切り裂かれたようだ。今度は毒をまともにくらったようで、腕は毒々しい紫色に染まっている。


「カバーする! 治療!」


 ケヴィンの立ち位置に割り込むようにして、ヴァンが前に出る。治療のために後ろに下がったケヴィンの目の前に毒消しと体力回復の薬瓶がぽとんと落ちて来た。

 私が選んだ薬をユラが彼の前まで運んだのだ。


「サヨコ、ありがとう」


 私に向かってにこりとほほ笑んでから、ケヴィンが薬を使う。ダンジョン産の薬は、あっという間にケヴィンの猛毒を治癒した。本来あり得ない回復速度だけど、もう誰もつっこまない。いちいち気にしていてもきりがないからだ。

 ケヴィンが戦線に復帰すると同時に、セシリアの呪文詠唱が終わった。


「ヴァン、来るよ!」

「退け!」


 ヴァンの命令に従って、また全員がマンティコアの周囲から飛びのく。再び襲い掛かってきた青い火の玉に焼かれて、ライオンの化け物は絶叫した。毛皮を燃やされ、その場にのたうち回る。


「よし、効いてるな」

「気を付けて! 瀕死状態になると、攻撃が激しくなるから!」


 私は叫ぶ。

 瀕死で弱るどころか大暴れを始めるのはボスキャラあるあるだ。マンティコアの周りに拳大の火の玉がいくつも出現し、主を守るように漂いだした。近寄ろうとすると、火の玉がこっちに向かって飛んでくる。


「面倒だな……!」

「さっさと殺してしまおう!」


 火の玉をかいくぐってクリスが大剣を振るう。ただの牽制のつもりだったその一撃は、焦げたライオンの毛皮をやすやすと切り裂いた。


「なに? 刃が通る?」

「たてがみが燃えたからか!」


 相手の攻撃手段が増えたが、逆にこちらの攻撃も通る。

 勢いづいた三人は、それぞれに攻撃を加え始めた。マンティコアも対応しようとするが、いっぺんに三方向から攻撃を加えられたのでは、対応しきれない。周囲に浮いていた火の玉もなくなり、化け物が一瞬無防備になった。


「そこだ!」


 クリスがマンティコアの喉元に剣を叩きつけた。喉どころか首そのものを大きく切り裂くそれは、まさに絶命の一撃だ。

 しかし勝利を確信したその一瞬が命取りだった。


「クリス!」


 マンティコアに肉薄するクリスの死角、ライオンの巨体の向こうでサソリの尾が『伸びた』通常の生き物ではあり得ない伸縮率で伸びあがった毒針がクリスに襲いかかる。マンティコアに剣を突き立てたままのクリスは、避けようとしても体が動かない。

 毒針がクリスの体に刺さる直前、ヴァンが無理やり彼女の前に割って入った。


「ヴァン!」


 婚約者の目の前で、毒針は深々とヴァンの胸を貫いた。


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